2021/1/11  20:57

今日の富士山02  日本史
昨日の「今日の富士山」の文章の後半が気に入らず、訂正していたら投稿の重複となってしまった。重複の4点を削除したら折角の拍手の2点も削除と相成った。

もう一度投稿する。添付は明るさを強調して居らず“青富士”のまま。

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2021/1/11  20:47

今日の富士山  日本史
 田子の浦にうちいでてみれば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ 山部赤人

小倉百人一首の第4、山部赤人の歌。田子の浦だから静岡県のどこからか富士山に積る雪を見た、という歌で山部赤人は奈良天平時代の歌人。

富士山と言えば「白妙」と表現されるように積雪の美しい日本一の山と誰しも思う。好き嫌いは別にして日本を代表する山を通り越して日本の代名詞になっているから、この季節はさぞ冠雪で見てみたいと思うに相違ない。

添付の画像の富士山は正真正銘、本日午前中、拙宅の二階の窓から撮影したもの。オリンパスSPシリーズの100EE、多少ズームで撮影。フォトショップで鮮やかさをこれも少しく強調してあるが積雪が甚だ寂しく、豪雪はおろか冠雪とも言えない“青富士”だ。

コロナ禍に加えて秋田、新潟、福井などは豪雪が報道され北陸自動車道では、吹雪でトラックなどが進めなくなり自衛隊の出動となった。日頃、自衛隊は左筋の人からは聊か疎まれているが、大活躍で感謝せねばならない筈。

昔から小生は、物理・地学など興味があっても知識は疎い。シベリアからの寒気団が日本列島の山脈にぶつかって雪を降らす、という程度。

東京都、神奈川県で人口2200万人、千葉・埼玉の一都三県で4000万人の人口、仙台、名古屋。大阪、福岡を加えれば日本人の二人に一人は、この太平洋側に住んで居ると思う。思想信条も均質化が叫ばれているが、先ずは“道州制”など国土の人口比の問題が急務。スマホ、タブレットに着いていけない世代だが、先ずはこれを解決する端緒か、テレワークの普及が早道だ。

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2021/1/5  21:35

斬られ役  映画TV
時代劇専門で“斬られ役”として夙に著名だった福本清三が亡くなった。77歳、もう少しで78歳になる時代劇には欠かせない役者だった。5年ほど前にこの福本清三特集があって、NHKBSで「太秦ライムライト」が放送された。2014年01月09日にメイキング(制作現場の記録)、14日に2時間「太秦ライムライト」が放送された。過去と現在、事実と虚構が交差していい映画だった。「5万回斬られた男」福本清三の主演。主演はこれが最初で最後。共に2時間の放送で、前年の12月25日に購入のブルーレイ内蔵TVのハードに高画質で録画した。『ラストサムライ』にも謎の剣士として出演した。

民放では、制作費の割高な時代劇は2年?程前の「鬼平犯科帳」が最後、全面撤退が実情。TBS放送の『大岡越前』のリメイク版がNHKBSで復活していてもの悲しい。民放ではスリラードラマ、バラエティ、ワイドショーのみで何処も似たり寄ったり。制作費が限られているからテレビ東京などアイデアのある番組が脚光を浴びる。時代劇は今は専らNHKのみである。

福本清三は中学卒業後の15歳で東映に入社。大部屋俳優として60年間斬られ役に徹したことになる。“福ちゃんのイナバウアー”が特徴で、痩身で敏捷。主役に斬られると一瞬そのままで直ぐエビ反りの恰好でひっくり返る。松方弘樹、萬屋錦之助に可愛がられたらしい。年齢の割に顔、首筋に皺が多くいわゆるタバコ顔だったのが気になっていたが、病名はやはり肺癌だった。

2014年01月に福本清三を記述した。

≪丁度10年前の04月、クラブツーリズムの旅で「京都御所・吉野千本桜」参加。嵯峨野の滞在時間は2時間あるのに桂川沿いで渋滞。40分の滞在に短縮され、昼食はコロッケ一個で済まし「ひばり館」で福本清三の講演を少し見た。60歳の福本は、精悍そのものだった。今は顔面皺だらけだが、殺陣に揺るぎはない。文化財として残すのは国宝・重文だけではない。時代劇のノウハウも継承・伝承すべき。≫

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2021/1/2  22:59

謹賀新年  身辺些事
室内外で酸素ボンベ装填の暮しを余儀なくされているので、例年参拝していた大晦日の金目観音詣では断念。昨日いわゆる元旦(元日朝)十分に御縁があるように15円を奮発?して観音詣りをした。境内は、普段は聊か寂しいが、さすがに坂東33カ所霊場7番、狭いが駐車場も満杯、賑わっていた。すっかり老人趣味となり“食う・寝る・観る”が正月とは言わず日常の定番となっているが天邪鬼のブログの記事には困らない。今の総理大臣・菅義偉のこれまでの努力は認めるが、どうみても総理の器ではない。武士社会の家老が、一時しのぎとして、老練な黒幕!?によって引き上げられただけの様相。おそらくコロナと五輪で失政となるような気がする。東北出身の苦労人だが一国を率いるリーダーの華やかさは無い。

いつもの年賀状は、今年は61通を印刷。1通は印刷ミス。2通が初めての賀状で本日出した。ここ2、3年「賀状交換は失礼させて頂きます」という人が5人ほど存在したが、筆者も応えて出さない人が4人いた。また短歌会を退会した人も居て3人控えた。「賀状交換を控える」とはとくに何か思い入れがある訳ではないのだろう。筆者に言わせれば単に面倒なだけだと思う。

喪中ハガキが6通あったが、二人は40数年交流があった同じく印刷業で知己になった人物、一人は中学校のクラスメイトで弁護士だった。何だか公的に優秀な人物、日常生活でも真面目で働き者の他界は、諸行無常だが、筆者もそう遠くない時期にそれらの人物にお会いすることになる。

旧臘、「天邪鬼の探索考 戦争の昭和史」の第2項、「一市民の戦病死」として告知(昭和21年)してきた上官の陸軍大尉の和紙1メートルに及ぶ読解文を上梓した。重複する記述だが、大尉は、陸軍士官学校卒のエリート軍人、軍事指導の習得もむろんだが、多分30代だろうが相当、書道を習練したと思う候文だった。第2項の1に「一市民の徴兵」を探索途上。感情論に溺れるのでなく事実を探索・抽出中。NHKのドキュメントでも発言した吉田裕、一ノ瀬俊也は戦後生まれの大学教授、伊藤桂一は7年間、中国大陸に兵士生活を送った直木賞作家。兵士の生活の内実に詳しい。殊に伊藤桂一は短歌でも兵士生活を詠っていて中国人に詳しく著書全てが大いなる史料。

『兵隊たちの陸軍史』伊藤桂一 新潮文庫
『日本軍兵士』吉田裕 岩波新書
『日本軍と日本兵』一ノ瀬俊也 講談社現代新書
『皇軍兵士の日常生活』一ノ瀬俊也 講談社現代新書

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2020/12/31  23:39

赤チン  身辺世相
例年、NHKBSでは大晦日に往年の洋画を何本も放映する。今年も「マイ・フェア・レディ」「ウエスト・サイド物語」「ゴッドファーザー1・2・3」と映画の録画派は忙しい。ゴッドファーザー1・3」は数年前に録画してあったので、特にTのマーロン・ブランドがいいのでDVDを取り出して再び見ている。往年の名画がデジタルリマスターで修復されているのでとにかく鮮やかな映像だ。大晦日のNHK紅白歌合戦は昭和の時代はよく見たが、今の流行歌は横文字とパフォーマンスでさっぱり判らない。演歌の実力派の福田こうへい・島津亜矢が外されているのが納得できない。

自分のブログを検索したら以下の5本のNHKBS録画を記述していた。

1968年『さらば友よ』アラン・ドロン、チャールス・ブロンソン
1969年『シシリアン』ジャン・ギャバン、アラン・ドロン
1970年『雨の訪問者』チャールス・ブロンソン
1971年『レッド・サン』チャールス・ブロンソン、三船敏郎、アラン・ドロン
1972年『ゴッドファーザー1』米 マーロン・ブランド、アル・パチーノ

12月29日には「三船敏郎生誕100年」の特集があった。つまり1920年・大正09年の生まれだった。戦争体験、俳優になる切っ掛け、黒澤明との出会い、志村喬との交遊等等。長男の三船史郎が解説していた。三船も黒澤も父が偉大すぎて息子は影が薄い。黒澤久雄も父の遺産で食っているのか。

12月20日の「日刊スポーツ」の後半に興味深い記事があった。“赤チン”という筆者の世代では懐かしい消毒液のメーカーが生産中止というニュース。唯一生産販売していた三栄製薬が終了する。これも懐かしい昭和の名残で正式名は「マーキュロクロム」。原液を高度の精製水に溶かすと赤色になったらしい。人体に影響ないが有機水銀剤が含まれるらしく、これも消える原因らしい。往時は手軽な消毒薬で100社も生産していた。今はマキロンという無色透明?の塗り薬が幅を効かせている。

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2020/12/30  23:52

外相会談  政治
天邪鬼としては右派の産経新聞、左派の日曜赤旗を購入。新聞の宅配が漸減しているとの由で、何度もこのブログで言っている。日本の中心部の不動産でいわば食いつないでいる朝日新聞。党員の半分ボランティア精神で持ち越えている日曜赤旗。産経新聞は元々発行部数が少ないので保守の岩盤支持層もあり、安泰ではないが新聞三大紙よりは打撃は少ない。

12月06日付けの「日曜赤旗」は、タブロイド判の2面だが、日中外相会談を取り上げて中国を非難していて、これはかなりの国益。朝日新聞などは見習えと言いたい。11月24日の中国・王毅外相、日本の茂木敏允外相の内容に日本共産党の志位委員長が批判した。日本の尖閣諸島の海域を中国の公船が、自分達のものと言って憚らず侵犯していることの日本の非難に逆襲してきた。茂木外相は大人しく反論しなかった。中国14億人の経済市場で日本経済は潤っている。日本政府はこれを否定できず、中国も知っていて尖閣諸島奪取に舵を切っている。中国は社会主義で軍部独裁、経済は資本主義。

サラミ戦術”という国家情報戦術はサラミスライスをするように目立たない小さな行為を長い年月を重ねて既成事実を醸成。最後は軍事力で領土を奪取するという大国中国の戦術。南シナ海の小さな島に軍事基地を建設している事実を日本政府は、日本外務省は公式反論だけだ。そのうち尖閣諸島に上陸されて大騒ぎになる。中国は多分、日本の自衛隊の最初の一発を待っている。だが尖閣諸島が日本固有の領土なら沖縄漁民のために港や灯台を造ることを何故しないのか。中国側の地図で見れば日本本土からかなり西端。小さな島ではなく周辺の海底資源を狙っているのは素人でも解る。

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2020/12/29  22:34

なかにし礼  身辺世相
作詞家・なかにし礼が12月23日82歳で亡くなった。作詞に限らず直木賞作家でもあり、テレビ朝日「ワイド・スクランブル」のコメンテーターでもあった。数年前に食道がんの治療でテレビ出演を休業した。持病の心臓に悪いとのことで高額医療の陽子線治療を受ける。その後、癌は寛解、テレビに復帰するが心臓も悪くペースメーカーも埋め込んでいた。心筋梗塞82歳。なかにしの好きな10曲のうち本人の作曲が3点あり多才である。なかにし礼は満洲からの引揚者、実兄の放蕩もあって幾多の修羅場を潜っている。『昭和史が面白い』(文春文庫)では半藤一利、藤原てい(新田次郎妻・藤原正彦の母)との鼎談で過酷な満洲引揚げの事実を語っている。

◇筆者の好きな歌謡曲
涙と雨に濡れて(作曲・なかにし礼)フランク永井・松尾和子
恋の奴隷(作曲・浜圭介)奥村チヨ
石狩挽歌(作曲・浜圭介)北原ミレイ
時には娼婦のように(作曲・なかにし礼)黒沢年男
愛のさざなみ(作曲・浜口庫之助)島倉千代子
ホテル(作曲・浜圭介)島津ゆたか
今日でお別れ(作曲・宇井あきら)菅原洋一
花の首飾り(作曲・すぎやまこういち)ザ・タイガース
君は心の妻だから(作曲・鶴岡雅義)東京ロマンチカ
知りすぎたのね(作曲・なかにし礼)ロス・インディオス

2020年の著名な物故者
小松政夫78・俳優、中村泰士81・作曲家、筒美京平81・作曲家、守屋浩81・歌手、渡哲也81・俳優、大林宜彦82・映画監督、宮城まり子93・ねむのき学園、山本寛斎76・デザイナー、久米明94・俳優、梓みちよ76・歌手、CWニコル79・作家、野村克也84・プロ野球、宍戸錠84・俳優。
新型コロナの死者
志村けん70・俳優、岡江久美子63・俳優、岡本行夫74・外交評論家、羽田雄一郎53・政治家。
2020年自殺者
竹内結子40、芦名星36、三浦春馬30、木村花22

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2020/12/27  16:41

戦争最前線  昭和史
前回の記述で戦病死した実父の死に様を母の実家に知らせてくれた上官の手紙を紹介した。重複するが横1mにも及ぶ達筆な和紙。

2─2 ある陸軍上等兵の死
≪「天邪鬼の探索考」の2─2≫としてページにした。

http://www1.odn.ne.jp/~ceg94520/mumyouan/mumyouS02-b.html

内容は上官の手紙、発病の日付から亡くなるまでが具に記述されていて感謝するしかない。添付は同上官から送られたきた葉書大の追悼カード。母親が再婚した後も大切に保存していた。広東省の路傍の花を“押し花”に使用した上官らしい遺族への差配だ。同ページには実父の亡き兄の家の未亡人から頂いた数々の書類も添付した。“お涙頂戴”の報告ではなく戦病死の事実だけを文章にした。小生の「天邪鬼の探索考」、残るは以下のページ。

2 一市民への徴兵 独立歩兵第8旅団 肝3322部隊
7 帝国陸軍は何故支持されたのか 昭和12年〜16年の世相
9 昭和天皇に戦争責任はあるのか
10 あとがき エリート軍人の頭脳

本年中に完成目指して頑張ったが叶わなかった。史料(文庫・新書・大型本)としては平凡なものだが、出版目的の学者の長年に亘る史料蒐集には到底及ぶべくもなく素人の読解の域を出ない。一市民の徴兵・訓練・2年間の経緯はおおよそ想像ができる。エリート軍人の拙劣な軍事支配と支持せざるを得なかった国民の大いなる乖離は今の世では辿ることができるということ。平成の時代に多くの先達が「昭和史」という分野を確立したことは肯うばかりだ。

取り敢えず以下の取得できる著書で「一市民の徴兵」を来冬早くに完成させたいというこの暮の意気込み。伊藤桂一氏は昨年98歳で亡くなった直木賞受賞作家。8年弱、中国大陸に従軍した。吉田と一ノ瀬は戦後生まれの大学教授だが、史料をふんだんに使って注目されている近現代史家。三野氏は昭和17年生で戦争最前線の武器、装備の著書の第一人者。『1億人の昭和史 陸軍史』は戦争最前線の画像・経験者の投稿が多く『ペン画の陸軍 軍隊内務班』は陸軍内部の実際が解かる。

◇参考史料として戦争最前線の事実を抽出している。
『兵隊たちの陸軍史』伊藤桂一 新潮文庫
『日本軍兵士』吉田裕 岩波新書
『日本軍と日本兵』一ノ瀬俊也 講談社現代新書
『皇軍兵士の日常生活』一ノ瀬俊也 講談社現代新書
『別冊1億人の昭和史 日本陸軍史』毎日新聞社 A4変型
『ペン画の陸軍 軍隊内務班』太田天橋 東都書房 A5変型
『日本軍小失敗の研究 正・続 三野正洋 光人社NF文庫
『帝国陸海軍の基礎知識』熊谷直 光人社NF文庫
『戦中用語集』三國一朗 岩波新書

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2020/12/20  23:08

渡邉中隊長  昭和史
筆者の私はこの世に生まれていたが、実父は昭和20年11月10日に戦病死した。その死に様を上官が丁寧に和紙に墨痕鮮やかに認め、母親の実家に送ってきた。これは中隊(100人規模)長の職務の範囲。陸軍大尉だから陸士卒のいわばエリート軍人。その死に様の内容は横1mに及んで達筆だった。

本文も解読できない部分が3ヶ所あったが、達筆の漢字は何とか意味の通るものに解読した。ただし漢字は、前後の文字で判定できるが、達筆のひらがな、今では使わない言葉は解読できない。添付の画像の最後の2行を、書道を熟す所属する短歌会の選者とその友人に訊ねて漸く解読できた。「天邪鬼の探索考 戦争の昭和史」2項の後半がページになりそうである。

陸軍幼年学校は13歳から3年、陸軍士官学校は16歳から4年、徹底したエリート教育が施された筈。委細は省くが恐らく戦争最前線の指揮の他に、基礎として書道、剣道、ドイツ語、ロシア語などは必須だった筈。

実父の所属部隊は「独立歩兵第222大隊第2中隊。通称、肝3322部隊。南支那(中国江西省)の守備隊だった。江西省・広東省で日本全土ほどの広さで中国奥地など衛生状態は多分劣悪。蝿・虱・蚊などは蔓延していたと思う。最前線で交戦したのではないが、中隊100人ならば劣悪な環境で命を落とす二等兵も少なからず居た筈で、実父は終戦後の戦病死、マラリア・胸部疾患。

 尚同封の押花は去る十二月四日広東集中営に於て御部隊慰霊
 祭の獻華(けんか)尓(に)候故、御佛前に御(亻+具、そな)へ被下侍候

集中営の“営”は正字(火+火+冖+呂)。設営の意味と思う。
被下侍候 侍=「そばに置いて」、被下=「下されたく」と解読。
“尓”は指示代名詞で「に」「の」と読む気がする。

2項の前半「徴兵」は自衛隊の史料編纂所を訪問する予定で気候が温暖になってからのことにする。

尚、このブログでは正字・難字は文字化けがある。

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2020/12/16  23:17

高島屋  身辺些事
所属短歌会は、今年令和02年03月より月一度の例会が、コロナ禍で行われなくなった。毎年秋の10月の全国大会も中止。新型コロナは、日本はもとより世界各国で多分21世紀の最大の事件になろうとしている。一段落するのは来年以降で東京五輪も中止か再延期だろう。

例会が行われなくなったので、インターネットを扱うことのできる会員に限られるが(20人ほど)冬雷短歌会の「ネット歌会」で毎月2首を発表、参加者が鑑賞、批評・感想を書き込むことで例会としている。12月発表の私の歌は、以下2首。高島屋という固有名詞に多く感想が書き込まれ、「ゐし」は文法の誤りを指摘された。「購ひし」にしたい。固有名詞を詠うのはそれが効果的かどうか、ということになるが、高島屋というデパートが中央区日本橋にあるので「ここに暮らしたのではないか」と指摘された。この指摘は的を射ている。

 高島屋の風呂敷売場に求めゐし日の丸の国旗折り目の目立つ
 仏壇に四つの位牌並べゐて光華院≠フ実父に萩を先づ供ふ

昭和38年春より日本橋通り三丁目の小さな印刷所で4年間、住込み工員だった。ビートルズが来日した41年秋まで日本橋で暮した。東京駅八重洲口まで徒歩10分だが、当時は下町風情が残っていてこの周辺で暮している人も少なからず居た。日本橋交差点の角の昔の白木屋は東急デパートになり、今から20年前に高層の多目的ビルになった。高島屋は昔のままである。町名は「通り三丁目」が取れて単に「日本橋」。都営バスに「通り三丁目」が残る。

筆者が住込み工員だった印刷所は壊され5階建てのビルになっていたのを後年確認。日本橋の鰹節の老舗「にんべん」の地所だった。日本で最初の地下鉄が敷設された国道1号と日比谷通りに挟まれた横丁。新大橋通りでは地下鉄東西線の工事が進んでいた。印刷屋の小僧の仕事は自転車による印刷物の配達、築地、東銀座へ活字を買いに行く事だった。

二首目の仏壇は小生の家の仏壇。実父、母親、義父、義兄の順。萩は秋の彼岸の“お萩”のこと。極貧を味わされた義父は右端だ。添付は自宅の山茶花。

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