2015/7/3  22:43

つくばエクスプレス  身辺世相
テリトリー東京 秋葉原08 つくばエクスプレス
JR山手線と秋葉原駅の東側は、昔の貨物線と留置線。再開発で取り壊され、電気の町・秋葉原はエリアが拡大した。切っ掛けは東北新幹線が昭和57年に開業されたことによる。東京側の始発駅は当初は大宮、次は上野駅、在来線はあくまで上野が始発だった。東京駅始発は平成03年・1991年、東北新幹線は神田駅までは高架、秋葉原付近で地下へ潜る。JR山手線のすぐ東側、そこから以東の細長い区画に高層ビルが出来た。その一つにカメラ販売店の大型店舗のヨドバシカメラ・マルチメディアAkibaが開店。同時に「つくばエクスプレス」も開通したのが平成17年、秋葉原の人の流れは完全に多様化した。

時を同じくして閉店したのがヤマギワ電気、神田明神下通りと中央通りが交差する角地に本館があったが、照明器具及び家電量販店もソフマップに買収された。ヤマギワ電気のショールームは家電・秋葉原の象徴だった。平成時代に変わる頃、ハイビジョンテレビは450万円もした。オーディオ・ビデオ機器の陳列を見るのが楽しみだった。

 地上デジタルのDVDデッキに日に数度情報届きて軋む音する 平成22年

「つくば」と言えば何と言っても“つくば万博”を思い出す。正確には「国際科学技術博覧会」。昭和60年に開催された。この時は上野駅から常磐線に特急が入場者を運んだ気がする。当時は、パーソナル・コンピュータは、アルファベットと数字を打ち込んでやっと動き出す初期のもの、かなり難解なもので最新のデジタルは、東芝が先行したワープロだった。

高度経済成長に伴って浮上したのが首都機能移転。東京から遠くない筑波山山麓が選ばれる。いろいろな経緯があったらしく町村合併で「つくば市」という研究学園都市ができた。平仮名の市名の先駆者だった。今は平仮名の市名が跋扈している。個人的には「さいたま市」と「南アルプス市」には、住みたくない。何だか安易で威厳がない。難読なら別だが。

つくばエクスプレス」は当初から第三セクターの経営。殆ど最初から黒字の第三セクターも稀だ。最新式の鉄道技術でワンマン運転、地下と高架を走り、踏切りはない。元々の電気の町と科学技術の研究都市が最速45分間で繋がったのでこれは人員移動・人口移動も“鬼に金棒”。

「つくば」は首都機能移転が目的だったが、「つくばエクスプレス」が元々の人口移動に拍車をかけた。山手線内側へは南西方面から、京急、東横、小田急、西武、東武、京成の私鉄、JRの中央線、横須賀線、東北線、常磐線、総武線が人の移動はこれだけでも膨大。大いに有り得るという「首都直下型地震」では首都機能は完全にマヒする。国会・行政・司法の一角を地震はあるが“火山の無い”関西方面に移すのが賢明、地方創生にもなる。

添付画像は「ヨドバシカメラ」。

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