2015/10/15  22:19

父系祖先03  身辺些事
東京から現住所へ転居したのが昭和57年、当時新築した洒落た白亜の殿堂?“大成パルコン”もガタガタになって雨戸の開閉もままならない。車庫を造ったのが2年後、友人の「日産バイオレット」を譲り受けたのが1年後、普通免許を取得したのが昭和60年だった。その前に原付バイクの免許を取得している。経緯は省くが“愛車”にぶつけられたのが2度、普通免許を取得して31年、先日初めていわゆる自損事故を起こした。

ボンネットの左前方が見えず、車止めのガードレールを見逃していた。スーパーの出口に侵入し後続車を気にして急ぎ、左前部をぶつけてしまった。すでにガードレールは同じ事故が多発!しているらしく左右の車止めはかなり曲がっていた。人身事故でないのが救い。近所の整備工場へ修理を頼んだ。車の保険が効いてライト、横、前部の部品三個で10万円。

畏友より前回の「父系祖先」に質問があったので知る範囲で答える。己の戸籍の一部分でも、全員昭和50年までに物故していて個人情報云々程のものではない。戸籍上の現在の苗字は、母が再婚した別の姓名なので問題ない。
歯科医の伯父の水銀中毒死
昔は、虫歯のあとの義歯はアマルガムという水銀を含む合金であったらしい。歯科医が職業上、水銀中毒とは聞いたことが多々ある。伯父の息子の従兄は10年前70歳で肝臓癌、その息子の二男は50歳代でやはり肝臓癌で先日、死去した。従兄の嫁はリウマチだが健在。
成田市・小田原市・平塚市への移動の理由
現在も父系の又従姉が成田市、昔の香取郡下総町に住む。三代前の祖先が同じだろう。櫻井鐘次郎なら祖父は二男、多分農家、何か縁があって小田原へ転居したに違いない。この経緯は伝聞だからよく知らない。忖度・類推だ。
若いのに警察署長の疑問
明治時代中期なら近代化の真っ最中、司馬遼太郎の『坂の上の雲』の話もまだあとのこと。才能など関係なく官吏の道はあった筈。生日は多分、明治初期。40歳前後の死去は当時の衛生事情を考えてもやや早い。

母の膝に抱かるる吾の手の爪に触れて泣きゐし伯母を思ひぬ 平成26年

伯母の成田市での生活
前記の歌は筆者が4歳の頃の記憶で、伯父の家で、伯母は4歳の私の手を握って泣いていた。何故泣いているのか解らない年齢だった。これこそ“お涙頂戴”の話だ。伯母は実父の5歳年長。弟への思いは深かっただろう。伯母は国鉄職員と結婚、離婚。おそらく財産があったのだろう。晩年は下総に住んだ。謄本を再び見て確認したのは、末っ子の実父は大正元年、小田原の生、5歳年長の伯母は下総の生。実父は5男なので3人の男が多分赤子で早逝していることにある。この辺に小田原への転居の原因があるかも知れない。

母系は叔母が81歳で元気、従兄弟姉妹は16人が健在。結論として両親の家系は農業、たいした血筋ではない。

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