2015/10/23  22:50

陽明文庫  身辺些事
10月18日の短歌大会で参加投稿歌は113首、互選で一位を選ぶ。一人10首だが二人の棄権があって1100票。一位は以下の歌、38点。
 望むもの少なくなりて九十の心爽やかに過す幸せ
筆者の歌は8点だった。友人より余計な文字があるとの指摘でこれを削除。
 伝ふべき戦争の頁は書けぬままけふの散歩に精霊棚を見る
 伝ふべき戦争の頁は書けぬままけふの散歩に精霊棚を見る

 京都の旅逝く夏の日の山里にひつそりと立つ陽明文庫

この歌の作者はご婦人でたった1票だった。その清き1票を投じたのは筆者だった。短歌大会で午前・午後4人づつ評者が一首づつ意見を言い評する。午後の若い女性の評者は、この「陽明文庫」を全く知らなかった。陽明文庫は、公家の名門で「五摂家」の筆頭である近衛家伝来の古文書(記録、日記、書状、古美術品)など約20万点に及ぶ史料を保管。京都市右京区宇多野にある。文庫だから図書館だと思ったら大間違い。博物館が正しい。洛西の仁和寺の近くに位置する。大学教授など紹介がなければ見学できない。

平成20年、上野の国立博物館では、平安時代から続く近衛家の「陽明文庫」の開催があった。1000年前の藤原道長の書(国宝)などが陳列された。元旦の朝、NHK特集番組があった。道長は平安時代の権力者。紫式部などを重用、和歌を通して平仮名文化を花開かせた。1000年前の直筆があるのは驚き。五摂家とは、近衛、鷹司、九条、二条、一条の5家。天皇の近くに居て衛(まも)るから“近衛”である。近世の近衛家当主には、NHKの特集にあったように諸芸に通じた教養人が多く、筆跡も多く資料的に貴重。国宝8点、重文60点に及ぶ。筆者はこれを上野で見学している。

昭和12年の総理大臣、近衛文麿は、昭和13年(1938年)に財団法人陽明文庫を設立し、資料の永久保存を企画した。おおかたは日本の歴史の一級資料だ。近衛文麿を擁護する歴史家は少なく“日中戦争”を自分で阻止できないので、東京を危険と直感、一級史料を“とっとと”東京から京都へ租界させたとの指摘がある。この言い分も的を射ている。

添付は本日書店で購入した中公文庫。近衛文麿が残した文書で一級史料。
◇最後の御前会議 昭和21年発行「自由国民」
◇平和への努力 昭和21年発行「日本電報通信社」
近衛上奏文 昭和41年「木戸幸一関係文書」
◇世界の現状を改造せよ 昭和12年「近衛公清談録」
◇戦後欧米見聞録 大正09年「外交時報社出版部」
英米本位の平和主義を排す 大正07年「日本及び日本人」

「英米本位の平和主義を排す」の戦後は第一次世界大戦のこと。「近衛上奏文」は吉田茂が書いたことが判明している。内容は読解して精査、何れ記述する。今月の文字入力の仕事が届きました。来週半ばまでブログ休みます。

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2015/10/28  21:47

投稿者:北山
湘南の暇人様

先日はありがとうございました。
藤原道長の書(国宝)を、ご覧になった事があるの
ですか!さすがは東京ですね。羨ましい。

http://ameblo.jp/n-hokuzan/

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