2015/10/30  23:41

小沢昭一  読書
今日は朝から中学時代の同窓会のための印刷物作成で夕刻までかかった。A4用紙の案内、出欠葉書の裏表、長3封筒の裏表をパソコンとエプソンで作成した。これらは印刷会社なら1時間と掛からない。これで明日は心置きなく出かけられる。定年以来初めて「神田神保町古本市」で本漁りにいくことにする。定年前と定年後では目的が違って読書傾向は変わった。定年後は専ら自分に課した昭和史・太平洋戦争史への傾斜。藤沢周平は5冊を残したまま。

「新潮45」の最新号で野坂昭如を読んで“中年御三家”を思い出した。小沢昭一の「散りぎわの花・文春文庫」を再読した。小沢は文章を書くのが苦手だ、と言いながら多くの著書がある。むろんこの人物は俳優。昭和20年代後半、俳優座出身の舞台俳優が出発点。エッセイを読み返して小沢は、一滴も飲めぬ下戸、喫煙者だった。文藝春秋・平成23年03月号で「前立腺癌」だったことを告白している。82歳で翌24年12月に亡くなった。

NHKBSで小沢昭一を偲ぶ再放送があった。初出は平成19年、78歳の時の90分番組「100年インタビュー」、同じくNHKBSの「私が子供だった頃」にも出演している。昭和回想と戦争への積極的発言は、既に癌死を覚悟していたことになる。6歳年下のエッセイスト・江國滋(1934─1997)は、俳句の「東京やなぎ句会」で小沢の盟友だった。江國は平成09年に癌で亡くなった。だから小沢は江國の死の前に「癌治療」を開始していた。なお江國は新潮社の編集者だった。江國の娘・香織は直木賞受賞者。小沢の俳号は小沢変哲

中年御三家の永六輔も俳句仲間。小沢は、父が修業した新潟の写真館の建物が収蔵されていることから、博物館明治村の村長も務めた。野坂昭如のいわゆる“焼跡闇市派”は小沢も同じ。麻布高校の同級生はフランキー堺、中谷昇、加藤武。昭和一桁生まれの有名人も次々に亡くなっている。

小沢昭一に関しては思い出が多い。文庫本7冊、録画2本を見直しての小沢昭一讃歌は何れ又の機会にする。

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