2015/12/3  22:15

無人スタンド  身辺些事
近所に柿畑がある。その柿畑の持ち主は、昔は専業農家で、そこに連なる畑で野菜を栽培していた。稲田もあった気がする。もう40年、50年前の話で一般家屋は無かった。そういう筆者の暮らす現在の土地も稲田だった。昔は田植えや稲刈を手伝った。

今は拙宅近辺は、専業農家は激減、半分農業、半分勤労者の家はまだ存在する。だが農業の部分は老人ばかりだ。柿畑のある家は、専業農家から土地を相続している屋敷だから容易に家を建てられた! 拙宅も然り、土地が母親名義で建物は筆者の名義で、新築の時は「農地転用許可」を提出、農地は住宅地に変わった。その土地に関わりがないと、住宅地とはならない。

その家の脇に“傷あり”の但し書きにあって200円で柿が売られていた。京都市郊外の浄瑠璃寺近辺に野菜、果物、蒸かし芋の吊るされたスタンドもあったことを記憶している。だがいわば首都圏での無人スタンドは珍しいだろう。傷のないものはJA、昔の農協へ出荷される。

その家の実家の息子が小学校の同級生。8人兄弟の末っ子で養子に行った。柔道の有段者のような体躯だった。名を「○○奉文」と言った。別の友人は、大学教授なのに法律の専門家だから昭和の軍人は知らない。「奉文」を読めなかった。“ほうぶん”ではなく“ともゆき”と言う。山下奉文は陸軍軍人だった。大東亜戦争初戦のシンガポール攻略で知られた。フィリピンでの部下の起こした責任を連合国へ承諾、戦後、処刑された。いわゆる「皇道派」だったので、二・二六事件では、同調者とみられ、陸軍の主流からは最後まで排除された。

友人の奉文は幼馴染でともちゃん、今は横浜・弘明寺で悠悠自適だ。

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