2015/12/7  22:15

立花隆  身辺些事
筆者の所持している最も古い雑誌が昭和46年02月号の文藝春秋(45年11月の三島事件の特集)、46年02月号の諸君、これも三島事件特集、次に古いのが昭和49年11月号。これは立花隆を評論家として名をあげた「田中角栄研究─その金脈と人脈」なるルポルタージュだった。表紙にカバーをしていたので半世紀を経てもあまり色褪せてはいなかった。ただし雑誌は中質紙だから本文は黄ばんでいる。製本の状態もアブナイ。

詳細に綴られた当時の首相の金脈と人脈なのでインパクトがあり発行の10月から二カ月後に総理大臣辞任となった。新聞記者なら誰でも知っていることだったらしいが、これだけ詳細に世間に知られれば辞めるほかはなかった。

ところでその立花隆に先日(12月03日)問題発言があった。NHK「クローズアップ現代」の番組内で、「カミオカンデ以前は、ニュートリノが見えなかった。見ないというのは、ないのと同じことなんです。世界中の学者が『めく○』同然の状態だった中で、日本だけが観察できた」。放送終了間際に、国谷裕子キャスターが「不適切な表現」だとして謝罪した。

“めく○”は、いわゆる放送禁止用語とされている。だがネット上では「視覚障害者への言及では全くない」として問題視するべきではない、という擁護論も多いらしい。あらゆる項目に博学な立花隆がニュートリノに関しては興奮気味で冷静さを欠いていたとみるべき。なかば言葉狩りの雰囲気でもある。先日も取り上げたが『片手落ち』と言っても障碍者団体から抗議があるらしい。

筆者にはロッキード事件への立花隆の追求のほうが問題。物的証拠がないのでロッキード社のコーチャン社長の証言が重視された。これはアメリカ人への日本の捜査権が無い。嘱託尋問という日本の司法がアメリカの裁判所に依頼して尋問が行なわれた。その尋問内容が唯一の証拠になった。だがその尋問に対して元総理の反対尋問さえ行われず有罪になった。これは闇黒裁判。これこそ司法の堕落、裁判の片手落ちというべきで、これは差別用語ではない。立花隆はこれに論理的に反論しているのか。田中角栄はアメリカという“虎の尾を踏んだ”からとの冷めた見方も多い。意外にこれが正解かも。証拠になった証言が免責で引き出されたなら当初から有罪ありきだ。

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2015/12/15  18:13

投稿者:湘南の暇人
NHKBSで昔の名画を録画すると、
「今日の常識に照らして不適切発言…そのまま放送します」
とあります。過度な反応は無用だと思います。
小生も腰椎骨折で杖突老人になりました。
でも「めく○」は感心しません。

http://www1.odn.ne.jp/~ceg94520/homepage/

2015/12/12  0:43

投稿者:なりひら
湘南の暇人様
 ご無沙汰しております。この記事を拝読して、ちょっ
と複雑な思いです。というのも、私も障害者の端く
れ(脳卒中による右半身麻痺で障害者2級をいただいて
います)なんですが、今の風潮は、「言葉の使い方にば
かりナーバスになって、あまり取り組みに魂がこもって
いないような気がしている」からです。
 障害者という用語にしても、最近は障がい者というら
しいですが、私にはどっちでもいいと感じています。
 立花さんにしても、「めくら」という言葉を、視覚障
碍者への差別意識を持って使った訳ではないと思います
し、「片手落ち」という言葉にしても、隻腕の人を差別
する意図で使っていないことは明らかです。学説で
も、「片手落ち」は「片手」と「落ち」の合わさった言
葉ではなく、「片」と「手落ち」の合わさった言葉であ
るとするのが定説とされているようです。
 文脈で判断すれば分かる話を、暇な人たちが、鬼の首
を取ったかのように、NHKに抗議電話をしているのでし
ょう。
 私が言いたいのは、そんな「言葉狩り」に血道をあげ
る暇があったら、たとえば電車の「優先席」で傍若無人
に振る舞う「健常者」への対応を真面目にやったらどう
かと感じています。
 まあ、そんなことで、貴兄の投稿から、いろいろ考え
させられた次第です。乱筆乱文をご容赦ください。

http://happy.ap.teacup.com/ibaraki-doji/

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