2015/12/21  22:10

銀座四丁目  昭和史
前回に引き続きこれも筆者の私の中学生(昭和三二年〜昭和三五年)時の友人より提供された昭和史の記録である。これは借り受けた私家版なので年内には返還する予定。A五判132頁、書かれたのは平成09年、改訂が平成13年である。著者の赤塚伝二郎氏は、銀座に居住されていたように思う。忖度・斟酌するなら学者、新聞記者、或いは何か、商売をされていた可能性もある。でなければこれほどの著名人の邸へ伺うことはできない。銀座四丁目を中心に昭和の銀座の風景が微細に語られている。なによりも強調したいのは、赤塚氏は大正五年(1816)生、現在99歳で墨田区に居住されていることにある。しかも独居である。この方の子息が、中学時代の友人である。

後半に記述されている井本とし氏は、友人の細君の母親。教員だった方で山口県出身、何と筆者の注目する外務大臣・松岡洋右と関わりのある人物だった。井本氏は戦後市会議員などされて娘さんを養育された。赤塚氏は戦前の松岡洋右の夫人と知己であり、戦後、長男の嫁が井本氏で佐藤寛子に縁があったことにビックリされている。戦前の外務大臣・松岡洋右は、実妹が藤枝、佐藤家に嫁いで養子に迎えたのは佐藤栄作、兄・岸信介ともに総理大臣だった。筆者のHP、ブログに何度も記述した。

5年に一度風邪を引くが今回は治りが遅い。ブログでよその国の悪口は因果応報だ。明日もう一度薬を貰いに行く。
16年間、使い続けたワープロがついに故障。1F・2Fで使えるノート型パソコンを近日中に購入。毎年2軒のお歳暮の注文も駅ビルに行く。小田原の鈴廣の蒲鉾だ。文字入力の仕事も来ました。当分ブログはお休みします。

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