2016/2/13  22:50

大本営機密日誌  昭和史
昭和史乃至太平洋戦争の本を読むと必ず参照されるのが「大本営機密日誌」。当時のいわゆる戦争指導者の貴重な史料。だがそれは罪を遁れるためか、多くが焼却処分にされているので数少ないから貴重なだけだ。

題名から解るように行政側の陸軍・海軍軍人が極東軍事裁判で責任を問われたが、実際は大本営つまり参謀本部(陸軍)・軍令部(海軍)軍人が戦争を指導した。連合国裁判は、大本営の軍人に責任を問うと昭和天皇に直結するから、これを避けたのが実態。今から思えば陸海軍人のエリート連中は保身の頭脳も長けていたことになる。

「大本営機密日誌」の執筆者代表は、種村佐孝(たねむらすけたか)で日本の陸軍軍人。ネットで探索すると、戦後にシベリア抑留に遭い、ソ連の俘虜収容所」で共産主義革命のための特殊工作員として朝枝繁春、瀬島龍三らとともに訓練を受けたとある。瀬島龍三は平成19年、95歳の天寿を全うした。だが知る人ぞ知る疑惑の軍人。山崎豊子の「不毛地帯」のモデルとされる。じじつ関西の中小商社だった「伊藤忠」を大きな商社にした。

昭和史・太平洋戦争研究に必須なのが『木戸幸一日記』、『高松宮日記』、『細川日記』、『原田日記』など。近衛文麿の次女の亭主だった細川護貞の日記は昭和19・20年の内容。西園寺公望の秘書だった原田熊雄の日記は大部で高価、ここまでは購入できずにいる。

因みに外務大臣・松岡洋右が放逐された昭和16年07月17日の記述を読むと「機密日誌」には詳しく叙述されているが、これがこの日に書かれたものかどうかはよく解らない。松岡洋右の「南部仏印進駐反対」は、今では正しかったことになる。07月28日に日本軍は南部仏印(仏領ベトナム)へ侵攻してアメリカからの石油輸入を止められた。今の北朝鮮のようなものだ。木戸日記には元総理6人が協議のために呼ばれたことが記述されている。高松宮日記には内閣総辞職とだけ記されている。

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