2016/3/4  23:20

製版事情  昭和史
昭和50年代の出版事情は、今思えば、雑誌も単行本も最高潮だったように思う。その出版の製版は、鉛の活字を拾って、版を組み「紙型」を作り版を複製、新聞は輪転機を回し、少部数では小さな印刷会社が主に、紙型など作らず原版で印刷する。毎日新聞社の「1億人の昭和史」の編集はどうやら製版の主流になりつつあった写真植字である。だがこれも平成時代、ウインドウズ95以来の圧倒的なコンピュータの製版であっという間に廃れた。

筆者の私が、あまり読みもしないのに多くの上製本・ハードカバーを購入して保持していたのはある部分鉛の活字の植字工だったからのように思う。つまり製版工の主流はいわゆる“ページ物”で上製本の文芸作品、全集、百科事典がそれにあたる。筆者のように多くの罫線を用意して伝票類を作成するのは一流の製版工ではなかった。製版の参考にすべく小説・ノンフィクション・雑誌の類の多くを購入した。本当に読みたいものは文庫本だった。

添付の本は昭和54年発行、著者は昭和05年生、評論家・大学教授で著書は多岐にわたる。8点の小説を様々な視点から社会を論じている。最後の視点は司馬遼太郎の「故郷忘じ難く候」は原作を読んでいないが薩摩焼の「沈寿官」であるらしい。この昭和54年の時点での日本の外国依存度に触れている。即ち出版物なら製紙のパルプ、エネルギーは中東、鉛の活字の製版は韓国・台湾かも知れない、と指摘していた。

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