2017/4/3  22:45

エッセイの昭和08  昭和史
日本人の意識構造』(会田雄次 講談社発行 四六判・上製本 9ポイント×42字×18行×224頁)は、昭和45年11月30日発行で、偶然だろうが三島由紀夫が割腹自殺した日。これを購入したのは、翌46年で14刷、この時点で単純だが7万部を売り上げたのか。同じく活版印刷だが、平成元年にも講談社現代新書でも発行されているから計、数十万部に達しているに違いない。

単行本の方は、だいぶ古くなっていて製本もガタガタになっているが、印刷の按配も少し雑な部分が散見できる。つまり印刷の圧力が一定しておらず薄く擦れた部分が多く見苦しい。とにかく大いに売れたので“なりふり構って”はおられず印刷したのが解る。この年、『日本人とユダヤ人』がベストセラーになっているから、どちらが先か解らないが、日本の高度成長が一段落したとき、改めて日本を見直す時期になっていたのかも知れない。戦後25年目のこと。だが主要な主張の「内向きの文化」「察する文化」の論考は、昭和40・41年のことだから日本人論の先駆的指摘だと言うことが解る。

日本人が子どもを守る姿勢は前に抱き寄せ、抱きしめてうずくまる防御姿勢だ。アメリカ人は子どもを後ろへはねめける。そして敵と対面し「仁王立ち」になる。守備動作までもさかさまになっていることから推すと、日本人の物の考え方の根本がさかさまではないか。(表紙裏引用)
平和を守るという場合、日本人は現状維持が基本で放っておいたら国は平和で、悪い奴の魔手を拒否・遮断することがいちばん肝腎。ヨーロッパ人にとっては、平和というものは、外部の状況に応じて、主体的に外部に働きかけることで自然に存在するものではなく建設するものが歴史と実態。日本の平和は「ある」、ヨーロッパは「作る」ということになる。
襖は、それ自体障壁としての物理的能力はない。著者は和辻哲郎博士(風土)の定義を借りて説く。襖という障害物が機能することが可能するのは「それを私用している団体の成員の間に、それを障害物・へだてとして尊重するという約束が暗黙のうちに成立し、その約束が十分守られているということを前提とするかぎりにおいてである」。(P94)

会田雄次氏は、大東亜戦争のビルマ戦線の生き残り。中隊(基本は100人)長・小隊長を入れて20人がマラリアと赤痢に罹患しつつ捕虜となり生き残った。会田氏は1997年81歳で死去しているが平成20年頃、産経新聞「正論」に多くの論考をのこしている。そこでは軍上層部より、若い下級将校や下士官兵に精神病質のいわゆる軍国主義の心酔体質者が多く存在したと告白している。要するに四字熟語の世界、神州不滅・忠君愛国・滅私奉公・忠勇無双を信じ切っていることだった。彼らは基本的に善人だったとも言う。

今も日本には「思いやり」と「察し」の国。最近は“忖度”という言葉がメディアを賑わしている。善人で正義と理想を声高に叫ぶ人は多い。戦前、質素・倹約を旨とし、膨大な軍の機密費には無頓着、好色を嫌い尽忠愛国の陸軍大将にして総理大臣が居た。たしか東條英機と言った。

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