2017/4/21  18:50

お役所仕事02  身辺些事
一年半ほど前(2015/10/12)「父系祖先」なる記事をブログに書いた。父系祖先は全く知らなかったので、戸籍謄本の読解と父系の従兄の妻からの伝聞の内容だった。父系の祖母の名は読めず、古文書入門で読み解いた。崩し字で役所も読めなかっただろう。多分「はま」と読む。

そのとき戦死した実父は「5男」という事実を知ったが、謄本からも窺えないので2男・3男・4男などは知るべくもない。なにしろ祖父の生日さえ解らない。死去したのが大正02・1913年(38歳)だ。伯父と実父は15歳位の開きがある。この2男・3男・4男の生死の証明が無ければ「特別弔慰金」受給の資格がないことが神奈川県庁から問われた。難儀なことである。

 戸籍謄本祖父の死の記述は大正弐年実父もまた父の顔を知らず
    平成24年
 一寸木(ちょっき)といふ屋号の店の娘とぞ祖母も昭和を待てずに死にき
    平成24年

昨日は平塚市役所へ出頭! 今日は成田市役所への長電話だった。生死も解らない名前も知らない父系の伯父三人の戸籍(除籍)謄本を取得するには、父系祖父母の戸主を辿らなければならないことになった。昭和44年に死去している伯父の戸籍は「平塚市」に無かった。あとは昔の「千葉県香取郡下総町」にあると思うのでここへ750円の小為替を同封して、先ず戸主の戸籍を調査、そこから第二段階で父系の6人(3人だと思っていた)の死亡戸籍を揃えることになる。

伯父は昭和44年まで歯科医だった。伝聞だが祖父は「小田原警察署」の署長だった。祖父の出身地は今の成田市、千葉県香取郡下総町だった。だが経緯は解らないが神奈川県小田原へ転居したらしい。だから戸籍は小田原市かも知れない。そうなると成田市役所へ戸籍謄本を請求しても“空振り”になる可能性も十分に考えられ、さらに難儀なことになる。もう面倒だと思えば、そこで国家は給付しなくても済むことになる。

年間5万円の国債×5年=25万円の取得には、だいぶ時間がかかる。問題は金額の多寡ではない。こうまでしないと国は動かないこと。当時は国は簡単に市民を徴兵したことを言いたい。政治家や官僚や軍人だけではない。メディアも“聖戦”を煽ったことを言いたい。筆者には当分死ねないことになった。

本日6月号の短歌の原稿がどっさり届いた。一週間ほどブログは休載です。

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