2017/6/6  23:25

契約破棄  身辺些事
今から4年前の09月から許可されていた「小規模多機能型居宅介護」施設の訪問介護を5月末で止めた。筆者本人は一ヶ月4〜5回の訪問介護で6000円弱の支払いだが、全体としてその10倍、6万円弱を支払っているのは介護保険なのだろう。その仕組みは利用者の本人でもよく知らない。だが6万円の収入が介護施設にはある。半分の3万円がマネージャー料。

週に一度、火曜日の午前10時に介護士(女性のみ、男性お断り)が来る。居宅介護にしてもたった45分間で頼めるのは「買物」と「室内の掃除」くらいのもの。質の悪い血圧計で繰り返し測定したらそこで体温測定と共に10分は経過する。そうなると残りの時間に頼むことは限られてくる。腰椎を痛めて杖をつく前期高齢者には、じつはタイヘンなことは買物や掃除ではない。買物をすればゴミが出る。朝、限られた時間内にゴミを出す事は、その日が降雨でもあれば、甚だ困難なことにある。

4年間弱、世話になったが契約を破棄したのは、水曜日朝の「プラクル・ペットボトル」の“ゴミ出し”を断られたからである。ヘルパーの来る火曜日に出してほしいとお願いしたら、前日なら違反行為だとのたまわられる。つまり「要支援」を頼む本人に困ったことがあっても本人よりも、その地域の小さな規則が優先するらしい。これはどういう了見なのか。買物、掃除などは、生活上自分でもできること。買物・掃除をすればゴミが出るということ。

何のための訪問介護か、筆者は記憶力は低下しているが、まだ認知症ではない。腰が悪いが車の運転は午前中なら可能。それもできなくなれば、頼むしかないが、介護施設の杓子定規を地でいった対応に何だかバカバカしくなった。城山三郎の小説の題名っぽくなった!が「もう君には頼まない」。

添付は、先日「正岡子規展」をみた神奈川近代文学館への「霧笛橋」。

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