2017/9/5  21:14

石川達三の墓  身辺些事
第1回の芥川賞受賞作家として知られている文豪・石川達三の墓所を発見した。ネットで調べれば解ることだが、神奈川県平塚市の郊外。石川達三は、東京在住だった筈で、亡くなったのも東京の病院、墓所も世田谷区九品仏だった筈。長男は上智大学教授。調べたら神奈川県大磯町に居住しているのか、平塚市郊外に新たに墓所を移して祀ったらしい。

筆者が墓所を購入したのは11年前。平成06年に亡くなった母の分骨した遺骨を保存していて、実父とともに祀った。実父は大東亜戦争で戦病死したから遺骨はない。それが平塚市郊外の「那由侘の郷」。350万円も奮発して、預貯金はあらかた消えた。石川達三の墓所がこの公園墓地にあるとは最近まで知らなかった。8月下旬、兄嫁(義理の兄)と共に久し振りに自分の入る墓所に線香をあげた。兄嫁が斜め向こうに「石川家」という墓があると指摘。これにはびっくりした。確かに石川達三の墓所だった。

昭和40年頃、石川作品は新潮文庫・角川文庫で30数冊読んだ。川端康成、三島由紀夫、松本清張、水上勉作品と共に耽溺した。話題作はいわゆる社会派小説と言われ、殆ど映画化されている。「人間の壁」「傷だらけの山河」「金環食」「充たされた生活」等等。今、再読しているのは「若者たちの非歌」。肝腎の昭和10年、芥川賞受賞作『蒼氓』は読んでいない。これはブラジル移民の話。

石川達三は昭和60年、81歳で肺炎にて死去。ゴルフと水彩画の達人でもあった。石川達三と同様、何故か作家で早稲田大学中退が多い。立原正秋、寺山修司、五木寛之、野坂昭如等等。

添付は石川達三の墓所。二枚目画像は筆者の入る墓。「空」としか刻んでいない。子や孫がなければ近い将来、無縁墓所となるからである。

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