2018/4/20  21:46

ぼかし  身辺世相
ここ何年か「週刊新潮」と「週刊文春」が、政治家・官僚のプライバシーにまで及んで暴露合戦。この二誌に書かれたらタダでは済まない。このブログで何度も記述しているが、昨年秋の総選挙で、朝日・毎日・東京新聞(読んでいないが)、安倍政権排除で小池百合子を持ち上げていた筈。(H29・10・18)安倍晋三憎しが今の“安倍政権たたき”真因だ。「首相案件」の四文字を出すなら「岩盤規制」も出すべきで、総理が文科省を指導出来ない方が可笑しい。これでは四国四県の過疎化など到底解決しない。

月刊文藝春秋は小池百合子を大いに持ち上げた。面白いのは「新潮45」や「週刊新潮」は反小池だった。ここの処の両誌の暴露記事はいわゆる下ネタで、あまり感心しないが、乗じて厚化粧のオバサン代議士がシャシャリ出てくることには辟易する。自分達で調査も出来ないのに週刊誌の記事で大騒ぎする野党代議士は恥ずかしくないのか、不思議だ。閑話休題。

ここ50年、週刊新潮は毎号購入しているが今日は「週刊文春」も購入した。30年以上、エンターテインメントの小説で第一線の林真理子のエッセイは面白い。「夜ふけのなわとび」は1551回、30年に及ぶ。昔、直木賞選考委員の藤本義一から小説の書き方を知らないとこき下ろされた女性。“ブス”を掲げてのし上がった作家で大したもの。他人の褌を利用する女性政治家は見習いたい。

今回いろいろな“忖度”について語られている。大作家だった「井上ひさし」の妻への暴行を暴露している。これが出版社の忖度だったと手厳しい。テレビの映像に“ぼかし”が多いのは忖度社会の象徴と結んでいてその通りだ。これは過度の個人情報保護法のせい。これに反比例しているのが防犯カメラの増加だ。情報は守られても個人の映像は筒抜け。過度のぼかしは却って想像を産む。

添付は「ガラケー」で撮影した過去のもの。「1111」という車のナンバーなど、ツマラナイ趣味だ。どんなナンバーでも車は動く

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