2019/10/6  20:45

ノーベル賞ウイーク  身辺世相
毎年10月に入ると個人的には、近所の御嶽神社末社の祭が第二土・日にあって、その練習の太鼓の音が聞えて来る。第三日曜は、所属する短歌会の年一度の大会があって、年一度会う会員も多く楽しみだが、何といっても07日からはノーベル賞ウイーク。スウェーデンのノーベル財団もノーベルの残した財産を維持しているのも大変なように思う。昨年は医学賞の本庶佑氏だった。

今年は医学賞、物理学賞、化学賞、文学賞と候補は目白押し。毎年候補にあがる文学賞の村上春樹は読んだことはないのでよく解らない。大江健三郎と同じで多分、小説を読んでも感動は無い筈。純文学は芸術なのか、小説は読んで面白くないと価値がないというのが筆者の主義。

ここ数年候補にあがって受賞しないのは「リチウム電池」吉野彰氏。大手化学メーカー旭化成の元社員博士? この人物が受賞したら旭化成の株価が上がるので大金持ちは手ぐすねを引いて待っている。世界の主流の電池はリチウムなので何れ受賞は間違いない。毎年候補に挙がるのはアメリカ在住の経済学の清滝某氏。島津化学の田中耕一氏の研究は、簡単に「認知症」を発見できるシステムを開発したとかで二度目の受賞があるかも。

毎年ネットを騒がすのが韓国の日本への嫉み、切歯扼腕の記事。この国は科学技術を解っていない。歴史の素人の筆者でも想像することは“ものを作る”歴史がなかった風土だ。長年、少数の貴族(ヤンパン)は、中華帝国の学問を学ぶだけの労働をしない階級だった。生活物資を生産するのは半奴隷の階層だった。だから根本的に蛮族と認識して憚らない日本が、西洋を見習ったにせよ東アジアで逸早く近代化したのが不思議で承知できないし納得もできない。

従って事大主義は科学の基礎研究が殆んど理解できない。昭和の後期まで韓国は「技術の特許」の概念が無かったことで知られている。科学技術は自然にあるものとして捉えられていた。長い間の基礎研究の後、苦心の末、出来た技術が簡単に取得できると考えていたのが中国・韓国。ドイツ・アメリカなどの欧米の技術、日本の技術で出来あがった部品を購入、安価な賃金と労働力で組立て製品にする。韓国は、日本の技術を独占的に享受した財閥企業がそれを成し得た。

遅ればせながら応用化学は発展したらしい。向こう数十年はこの国にノーベル賞の受賞はない。この賞を欲しいがための基礎研究に着手という考えがいじましくお粗末。序に言えば科学の基礎の蓄積が自国にないので今頃欧米に学ぶため、英語力は日本人より数段上。アメリカの有名大学には中国人・朝鮮人が多い。

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