2020/3/3  18:18

新書乱読07C  読書
二・二六事件 天皇の決断と電話
当時の陸軍の青年将校が決起、クーデターが勃発した。政治体制を刷新しようとして青年将校は、所謂“君則の奸”を排除して「天皇親政」を確立しようとした。昭和恐慌で多くの国民が食うや食わずの生活なのに、天皇を取り巻く重臣を初めとして一部の政治家・財界人は「富を恣にしている」というのが青年将校のクーデターの動機だった。昭和11年02月26日早朝に事件は勃発したが、当時は今の通信事情のようにすぐ詳細が判るわけはない。岡田啓介首相の動向さえ不明だった。岡田は28日に助け出された。雰囲気の似ている縁戚の松尾伝蔵陸軍大佐が間違われて惨殺された。

事件の詳細は、関連する新書のどれかを読解されれば02月26日のおおよそは解る。ここでは当時34歳の昭和天皇が如何にして情報をキャッチ、決断を下したかを浅学の中から読み解く。4歳から11歳まで鈴木貫太郎・たか夫妻に育てられたことは、先日の令和02年02月26日に記述した。昭和天皇への第一報は“育ての親”の「鈴木貫太郎の妻・たか」からの電話だった。決起将校にいかなる理由があれ天皇も人間、逆鱗に触れ直ちに討伐を覚悟したようだ。

更に天皇は確かめるべく自ら麹町署に電話をした。あらゆる昭和史の本に紹介されるエピソードだが、天皇は生涯二度、庶民に電話をした。ここでは『昭和天皇語録』(講談社学術文庫)からの引用。交番の巡査が直接、現人神の天皇から電話が来ることは想定していない。電話に出たのが麹町署の署長のサイドカー運転手の大串長次巡査。

「鈴木侍従長は生きているか」「はい、生きております」
「それはよかった。間違いはないか……」「それは確かです」
「総理はどうか」(略)「たぶん生きているでしょう」
「証拠はあるのか…」「生きていれば地下室に入っていると思います」
「どうして地下室なのか」「非常事態にそなえての避難所があります」
「なぜはっきり分からぬか」
「周囲は兵隊に包囲されています。状況を探ることは困難です」(略)
「それではチンの命令を伝える。総理の消息をはじめ状況をよく知りたい。見てきてくれぬか。」
「チン()」の一言にここで初めて巡査は電話の主は天皇陛下だと気づいて戦慄を覚えた。巡査はできる限り状況を把握する旨を伝え、自分の名前を緊張のあまり「麹町の交通です」とだけ答えた。つまり署長をサイドカーに乗せて往来する交通巡査だった。大串巡査は戦後、警部に昇進、昭和25年、皇居拝謁の栄に浴する。その時、昭和天皇は侍従を通じて「この中にコウジマチコウツウはいないか」とお尋ねになった。

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