2020/3/7  21:39

新書乱読07F  読書
二・二六事件 栗原安秀と齋藤史(ふみ)
『岡田啓介回顧録』(中公文庫)には、岡田啓介総理大臣は、総理官邸の「女中部屋」に隠れていて難を逃れたことが生々しく語られている。首謀者の一人、栗原安秀陸軍中尉は押入れに隠れているのが首相であることを知っていて知らぬ振りをしたという。これが本当かどうかは解らない。多分寝間着姿の総理大臣など松尾伝蔵と見分けが付かなかったのがホンネだろう。栗原は岡田総理と思しき老人を殺害したので「それでよし」とした。首相と間違われて銃殺されたのが予備役の松尾伝蔵陸軍大佐だった。松尾は総理の私的秘書。風体が総理大臣に似ていて受難。松尾の娘婿が「不毛地帯」のモデルの瀬島龍三。岡田の娘婿が終戦時の内閣秘書官・迫水久常。

栗原安秀(1908・明治41生)と家族ぐるみの交際だったのが、斎藤史(1909・明治42生)。“史”は当時、陸軍少将の斎藤劉(りゅう 1879生、陸士12期)の娘。父は佐佐木信綱主宰「心の花」所属で歌人でもあった。栗原と幼馴染だった斎藤史は、天皇親政のために起ちあがった青年将校に同情した。ここは幼い女心のトラウマとなった。すぐさま討伐命令を下した昭和天皇を単純に恨んでいたようだ。むろん鎮圧のあと栗原は銃殺刑。父親も青年将校を援助したと思われ禁固5年の実刑だった。

ここでは青年将校の一人、栗原安秀と陸軍将校にして歌人の齋藤劉、娘の齋藤史に関するエピソードに興味を持つので、その限りで齋藤史の短歌を鑑賞する。『よみがえる昭和天皇』(文春新書)では歌人の辺見じゅん(角川春樹の姉)と昭和史の泰斗・保阪正康氏の対談集に、御製及び齋藤の歌の解説がある。『現代の短歌』(講談社学術文庫)も参照引用する。御製に関しては「新書乱読」の別項目で記述したい。

(『魚歌』昭和15年)
 春を断(き)る白い弾道に飛び乗つて手など振つたがついにかへらぬ
 濁流だ濁流だと叫び流れゆく末は泥土か夜明けか知らぬ
 銃座崩れことをはりゆく物音も闇の奥がに探りて聞けり
 額(ぬか)の真中に弾丸をうけたるおもかげの立居に憑きて夏のおどろや
 たふれたるけものの骨の朽ちる夜も呼吸(いき)づまるばかり花散りつづく
 わが頭蓋の罅(ひび)を流るる水がありすでに湖底に寝ねて久しき
 暴力のかくうつくしき世に住みてひねもすうたふわが子守うた
 (辺見・保阪ともにこの歌の結句を絶賛する)

昭和08年生の上皇は、天皇の時代の平成08年に齋藤史を歌会始の召人に希望した。平成09年の歌会始の題は「姿」。

 野の中にすがたゆたけき一樹あり風も月日も枝に抱きて

天皇に訊かれて「一樹は天皇のこと、これで二・二六事件については心が晴れた」と告白。この時、齋藤は87歳。「短歌人」初代編集委員。平成05年に芸術院会員。平成14年、93歳で死去。

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