2020/3/28  23:53

ギアチェンジ  身辺世相
コロナウイルスが蔓延しつつあって一応楽しみにしていたが「東京オリンピック」の延期にはがっかりだが、これは止むを得ない。早急にウイルスを退治してくれる薬を開発、販売、投与されることを願うばかりだ。日本全体が当初は中国は不衛生な国なので、ウイルスはあり得る「対岸の火事」見物の状況だったのにウイルスとは怖いもの。あれよあれよでアジアだけでなく欧州全体、アメリカにも飛び火、イタリアは悲惨な状況に陥っている。一段落したら中国の国家的責任もあって問題になる筈。日本も一時はトイレットペーパーさえ無くなったが、先日大型スーパーに行ったら「トイレットペーパー」が山積みになっていたので、あとはマスクと消毒薬の問題だ。

筆者には、今まで月末は短歌会の文字入力の仕事、カット画像のために東京の名所旧跡を撮影に行くことが習慣だったが、これは寄る年波と肺気腫の病気で長時間の作業は困難になりリタイヤ。パソコン弄りはギアチェンジを余儀なくされてこれも仕方のないこと。そこで文章を著したのはいいが、半分放置していた「私解 戦争の昭和史」を推敲、真面目に書き直すことにした。“私解”などと「私的解釈」を縮めた造語などはわざとらしく内容も単なる読解の文章なので読むに値しない。そこで素人だが照準を改めることにした。それは当時の兵隊の「歩兵・白兵」のこと。職業軍人は別。

連合国の極東国際軍事裁判のA級戦犯28人の断罪を始め、今や昭和史の著書は数多ある。「天邪鬼の探索考 戦争の昭和史」として当時の日本人が強制徴兵された実態を中心に据えることにした。当時の徴兵された兵士の平均身長160p、体重55sの男子が40〜50sを背負って行進するのが歩兵で、三八式歩兵銃と手榴弾で戦うのである。当時の中国兵との戦闘では負けなくても、近代兵器と物量を誇るアメリカに勝つわけはない。物量を精神力で補うと真面目に考えたのが当時のいわゆるエリート軍人だった。その軍人の指導を論(あげつら)うのでなく実情を報告したいと考える次第。

一ノ瀬は昭和46年生、吉田は昭和29年生、三野は昭和17生の科学者で兵器に詳しい。小学館の昭和史シリーズ責任編集の藤原彰陸士55期卒(戦後一ツ橋大学教授)で中隊を率い、中国大陸を転戦。大江志乃夫は1928生で陸士卒。吉田の主任教授だった。以下の著書は筆者が半ば敬遠してきた兵士・兵隊の戦場の生々しい日常生活のいわば“イロハ”を多くの史料を駆使して叙述している。兵士の徴兵・日常・戦争最前線に思いを馳せるのが書き直しの原点。

◇「皇軍兵士の日常生活」一ノ瀬俊也 講談社現代新書 2009年
◇「日本軍と日本兵」一ノ瀬俊也 講談社現代新書 2014年
◇「日本軍兵士」吉田裕 岩波新書 2017年
◇「昭和の歴史3 天皇の軍隊」大江志乃夫 小学館文庫 1988年
◇「戦時用語の基礎知識」北村恒信 光人社NF文庫 2002年
◇「正・日本軍の小失敗の研究」三野正洋 光人社NF文庫 2000年
◇「続・日本軍の小失敗の研究」三野正洋 光人社NF文庫 2005年

添付は自宅の紫木蓮。

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