2020/4/1  22:43

東村山音頭  身辺世相
「東村山音頭」という民謡!?があるのは知っていた。むろん志村けんの歌いっぷりは、殆どの人が聞いたことがある筈。「東村山、庭先ゃ、多摩湖♪〜」。TBS「ドリフターズの8時だよ全員集合」の少年少女合唱隊で“ネタ切れ”の状態で仕方なく志村けんが実家のある東村山市の歌を歌い、それが思わぬ反響で、志村も東村山もブレイクした。因みに東村山市には8つの町があるが「四丁目、一丁目」などの町名はないらしい。元の歌は演歌の大御所三橋美智也が歌ったのは知っていた。

検索したら三橋の専属だったような細川潤一(1913─1991)の作曲。最も売れた「古城」や「男涙の子守歌」「一本刀土俵入り」「おさげと花と地蔵さんと」がある。「古城」は高橋菊太郎の七五調の詞で、このブログでも「長崎の鐘」「乱れ髪」と共に七五調の歌謡曲に賛意を示したことがある。長崎の鐘はサトーハチロー、古関裕而の作曲。乱れ髪は星野哲郎の詞と船村徹の曲で名曲だ。NHKの朝ドラマ「エール」が昨日スタート。古関裕而と妻の物語。志村はこれに出演している。

それにしてもコロナウイルスが引き金で誰もが認める昭和・平成の最たるコメディアンの死にはびっくりした。四年前まで日に60本の煙草を吸う所謂ヘビースモーカー、量を減らしたとは言え酒豪だった。70歳まで独身で(実は同棲した女生との間に子供も居たというが?)。麻布十番の街と「ガールズバー」が大好きで、酒と煙草と美女が大好きで、自業自得だ。喫煙による肺機能の衰えは、司馬遼太郎もそうだったが顔面の皺に顕れる。筆者も禁煙して5年、禁煙しても肺機能は戻らない。家の内外で酸素ボンベ使用の筆者は“下戸”の分、まだ生きている。「戦争の昭和史」を書き直し、推敲を始めたので当分死なないつもりだが時間の問題だ。

添付画像はネットの記事から無断借用。許されたい。3つ上の兄もそっくりな顔つきだ。今夜は録画してあったNHK「ファミリーヒストリー志村けん」を観ながら横になるつもりだ。確かこれにも兄が映っていた記憶がある。ニュースのインタビューで兄は「棺のなかの弟に合わせてくれなかった」と嘆き、遺骨は重い、まだ暖かいと告白。行政の対応に疑問が残る。

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