2020/5/10  22:44

戦争の昭和史推敲  昭和史
本日の中央競馬のG1「NHKマイルカップ」を勝ったのはミルコ・デムーロ騎手。1979生だから42歳。イタリア出身の騎手。“無観客”などという言葉をスラスラ喋る優秀な騎手、身長155pだから欧州では小さい男性。春の天皇賞以外のクラシックの重賞は勝っているから騎乗技術は十分。ただ騎乗スタイルがいささか乱暴でここ2年は関西では疎まれていた。だが2015〜2018年の騎乗では連対率(2着まで)が高くこの騎手の馬を買えば大いに儲かった筈。

今、筆者は全面的に「戦争の昭和史」を書き直しているが、一度注目して著した戦前の政治家は、読み直して推敲をしても、やはり好戦的な軍人・政治家に大いに利用されたのが外務大臣の松岡洋右、首相に三度祭り上げられたのが近衛文麿だったことは的を射ている。松岡は積極的外交、近衛は常に消極的な政治姿勢だった。要所要所にエピソードを挿入すると本人の思惑を通り越して、太平洋戦争に利用されたことがよく判る。

松岡は外務省の本流から疎まれて背伸びをして外交の隘路に分け入った。近衛は自分の決断がどういう結果を招くかが見通せずに日米交渉で墓穴を掘ったのが真相。この二人に大いなる責任はあるが、二人にだけ押し付けるのは無責任極まりない。昭和15年、外務大臣に就任した松岡洋右の軌跡を精査しなおしている。

松岡の性格・思想・行動は、その関わった人物から読み取ることができる。逆に交遊関係から思想・行動が育まれたのは誰でも同じだろう。松岡の経験した夫々の外交・事件が、日露戦争後の日本の近代を物語る。夫々の項目には関連する人物が錯綜。「日米対立」という視点で、この外交官・政治家の関わりは随所に見られる。明治時代末期から昭和16年までの40年間の日本の“いびつさ”が炙り出される。

◇アメリカ西部の地方大学出身。劣等感が上昇志向に結びついた気がする。
◇反エリート意識だが長州(山口県)出身であることから本流意識をもある。
◇東大法学部卒→外務省エリート官僚の形を早くも身をもって知っていた。
◇若い頃、肺を病み病弱だった。ベルリンのドイツ軍閲兵で杖を突いている。
◇異母兄弟があり、アメリカでの「ベバリッジ夫人」への感謝の意識が強い。
◇好き嫌いが激しく独善的。軍人、閨閥への反発か。松岡人事に見られる。
◇第一次大戦後のパリ講和会議では寡黙な日本代表団を憂え、発信した。
◇陸軍の安易な「南方進出」に、その皮膚感覚からアメリカの反発を察知。
◇最初の勤務経験から中国大陸には、軍人とは違った現実感覚があった。
◇三国同盟の推進は、目的がソ連のスターリンだったことが今、解っている。

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