2020/12/4  22:59

諸行無常  身辺些事
後期高齢者で長年“人間”をやっていて且つ年賀状のやり取りだけになっても友人の死は悲しい。これは何方も同様だろう。今年の年末には7通の喪中ハガキが届いた。

所属結社の「冬雷2020・3・4月号」を35人に厳選して05月01日にスマートレターで発送した。多分翌日に届いただろう。一人の友人が05月16日に亡くなっていた。正に“諸行無常 是生滅法”である。この友人の奥さんに確かめていないが、歌誌の返信に「朝起きるとき体が痛くて起き上がれない」と認めてあったから若しかしたら末期の癌だったのか。とにかく死の間際に届いていて不幸中の幸いだ。

この友人は6歳下の活版印刷時代の後輩。昭和44年、アメリカの「アポロの月探査」のニュースを社員食堂で見ていた。大日本印刷という日本で一番大手の印刷会社だった。大企業だが、相場より薄給なので小生は半年で退社した。この時の友人とはまだ二人と連絡をとっている。この後輩は父親が印鑑を彫る職人で“印章店”を経営、その後を継いだ。働き者で実家を移転、新築するほど頑張った。いわゆる町のハンコ屋さん。後輩は店先で小型の印刷機で名刺・葉書・カードを鉛の活字で印刷。私が半ば主催した「旅の会」の大学出の才媛と結ばれたが3年で離婚。少々歩行に難のある、やはり旅の会の女性と再婚。2児を設けた。順風満帆と思っていたが69歳の死は悲しい。

だが私の短歌の趣味を理解してくれ二冊の短歌誌、わが歌集『相生坂』の感想も添えられていた。この二冊の短歌誌を送った10歳年長の先輩も08月14日にくも膜下出血で86歳だった。先輩が主催する印刷会社出身の無尽講でのパック旅行に20回ほど参加させて頂いた。定年後の私の旅は殆どこの会の主催である。この先輩のことは「先輩の死」と09月12日に記述した。2年前の「琵琶湖湖北の旅」が最後となった。

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