2020/12/20  23:08

渡邉中隊長  昭和史
筆者の私はこの世に生まれていたが、実父は昭和20年11月10日に戦病死した。その死に様を上官が丁寧に和紙に墨痕鮮やかに認め、母親の実家に送ってきた。これは中隊(100人規模)長の職務の範囲。陸軍大尉だから陸士卒のいわばエリート軍人。その死に様の内容は横1mに及んで達筆だった。

本文も解読できない部分が3ヶ所あったが、達筆の漢字は何とか意味の通るものに解読した。ただし漢字は、前後の文字で判定できるが、達筆のひらがな、今では使わない言葉は解読できない。添付の画像の最後の2行を、書道を熟す所属する短歌会の選者とその友人に訊ねて漸く解読できた。「天邪鬼の探索考 戦争の昭和史」2項の後半がページになりそうである。

陸軍幼年学校は13歳から3年、陸軍士官学校は16歳から4年、徹底したエリート教育が施された筈。委細は省くが恐らく戦争最前線の指揮の他に、基礎として書道、剣道、ドイツ語、ロシア語などは必須だった筈。

実父の所属部隊は「独立歩兵第222大隊第2中隊。通称、肝3322部隊。南支那(中国江西省)の守備隊だった。江西省・広東省で日本全土ほどの広さで中国奥地など衛生状態は多分劣悪。蝿・虱・蚊などは蔓延していたと思う。最前線で交戦したのではないが、中隊100人ならば劣悪な環境で命を落とす二等兵も少なからず居た筈で、実父は終戦後の戦病死、マラリア・胸部疾患。

 尚同封の押花は去る十二月四日広東集中営に於て御部隊慰霊
 祭の獻華(けんか)尓(に)候故、御佛前に御(亻+具、そな)へ被下侍候

集中営の“営”は正字(火+火+冖+呂)。設営の意味と思う。
被下侍候 侍=「そばに置いて」、被下=「下されたく」と解読。
“尓”は指示代名詞で「に」「の」と読む気がする。

2項の前半「徴兵」は自衛隊の史料編纂所を訪問する予定で気候が温暖になってからのことにする。

尚、このブログでは正字・難字は文字化けがある。

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