2021/2/13  23:39

畏友、突然死  身辺些事
このブログは02月01日より記事が途絶えているが、こうした場合、中学校同窓の友人一人が必ず電話かメールにて「どうしたのか」と催促された。「拍手」欄の書き込みは二度に一度は何らかのコメントがあり、無ければ居住する“木更津”とだけ書き込んでくれた。前々回の01月26日にも「富士山が見える地域に住んでいて羨ましい」と書き込んでいた。もうそれも完全に無くなった。

畏友は01月31日に76歳の生涯を終えた。友人の名は増田邦昭、中学時代は、岩波文庫の下村湖人「次郎物語」を読んでいて堅物の雰囲気だったが、今、孫が3人にもなると、いい意味でくだけた達観の人物になっていた。地元の回転ずしのチェーン店で元気に働いていた。だが無断欠勤が続いていた。職場の上司、鍵を持つアパートの大家が警察官同道で訪問すると部屋で息絶えていた。心臓系の突然死との由。いわゆる心臓麻痺か、心不全か。

二月なのに喪中ハガキめいた葉書が遺児より届いた。アパートの大家・管理人は早く処理したいらしく筆者の私が貸し出した高倉健のDVDセット、形見分けに貰おうとした帽子のコレクションも早々と処分されたようだ。仕事に関連するのかパソコンだけは保存しているらしい。それも技術の多くは高校生の孫の世話になっていた。

音信不通の小生だったが、連絡がついて平成25年暮の中学校同窓会より、火の付いたように増田氏との交遊が始まった。筆者が短歌をやっているので、鶯谷の「正岡子規庵」、千葉県鴨川市の古泉千樫(こいずみちかし・正岡子規の弟子・アララギ歌人)の生家のあと、知人の紹介で千葉県選出・濱田靖一衆議院議員の靖国神社詣で(バス7台の後援者群)に横滑り参拝、一般の参観では入れない靖国神社本殿に参拝もした。鎮魂の意味を籠めて子規庵・鴨川・靖国神社参拝などの経緯を今後、紹介したい。

添付は平成28年06月の同窓会、上野の西郷隆盛像の前、中央の黒い帽子の人物が畏友・増田邦昭。筆者の私は右縁。その左は同窓生の女性画家。

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