2021/2/25  22:00

畏友 追悼07 鴨川探訪  身辺些事
畏友・増田邦昭との交遊を徒然日記風に記述しているが、昨年2010年12月から2014・H26年へ遡っている。以下の文章は「冬雷短歌会2017・12月」号の筆者の撮影した画像と共に説明した文章。撮影は前年の2016・H28年の04月だった。筆者の私は横浜東口から「海ほたる」経由の高速バスで木更津へ赴きそこから畏友の運転で南房総へ向かい、下調べが済ませてあるのでスムーズに事が運んだ。短歌に興味がなければ明治時代末期の歌人・小泉千樫(こいずみちかし)は知らない人物。じじつ私も殆んど知らなかった。下記説明文の赤字の部分は畏友の推敲・添削。(2017・10・29)

今月の画像 古泉千樫生誕の地
 古泉千樫は「アララギ」短歌会創立の主要なメンバー。十代で早くも歌を投稿する。23歳で上京後、伊藤佐千夫に師事。斎藤茂吉、島木赤彦などと友人になる。万葉調の格調高い作風で知られている。佐千夫宅がアララギの発行所になると編集を手伝う。斎藤茂吉の診療をも受けているが昭和二年、42歳で亡くなった。今年は没後九十年になる。
 
 みんなみの嶺岡山のやくる火のこよひも赤く見えにけるかも

 この嶺岡山は408mに過ぎないが、広い千葉県で最高峰だと言う。生誕の地からはっきり近くに見えるが南房総市になる。鴨川市の奥深く(山深い狭隘なる貧農の地に)生誕の地はあった。この(生誕の家は後年焼失しその地には末裔の家のみひっそりと建つ)。この近辺が整備されて歌碑や休憩所などがある。「椿の井戸」は水面が微かに動くので湧いているに違いない。昨年春の訪問時は、晴天で魚見塚展望台から漁港と太平洋が一望できた。待崎川河口の汐入公園の浜辺には「久美の葉のしろく光れるなぎさ道牛ひとつゐて海にむきたつ」の歌碑がある。茱萸(ぐみ)は花を付けていた。

添付は筆者の撮影。

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