2021/3/22  23:14

戦争論推敲再開  昭和史
本年02月になって畏友の死があり、子息より喪中ハガキめく葉書で父親の死を知らせて来た。50数年ぶりに同窓会で再会、爾来平成26年から昨年まで7年間、濃密なメール交換などが始まった。01月31日の心臓発作での死よりこのやりとりを20回に亘りこのブログに記述。畏友は、毎日小生のブログを点検していたらしい。

友人も期待?していた筆者の拙論「天邪鬼の探索考 戦争の昭和史」は、今、中途半端に滞っている。「初めに」「後書き」は別にして10章、17項目ある。中身は多くの書の読解だが、2章に残された史料を披瀝。そこから戦争の実態を敷衍するだけの論考。未完成(赤字)の5点の記述を再開した。だが後半の「陸軍ななぜ支持されたのか」「昭和天皇に責任はあるのか」「太平洋戦争の結末」「あとがき」は無論、ステレオタイプの平和論、人間性善説の立場はとらないのでいささか難問。06月になれば喜寿77歳、ここまで生きれば人間として十分だが、やはりホームページ作成の楽しみは死ぬまで続けたい。平成20年代、スマホが主流になるまでホームページ閲覧名簿など大いに交流があった。そういう人たちは80歳を超え、ほとんどリタイアした。

目次・はじめに
1 短歌反論の反論
2 一市民への徴兵 独立歩兵第8旅団 肝3322部隊
2-2 ある陸軍上等兵の死
3 日本とアメリカはなぜ戦争をしたのか
 @日米対立の芽 大正時代の分岐点
 A日米開戦への道─ポイントオブノーリターン
 B日米間対立 松岡洋右の誤算
 C日米間交渉 近衛文麿の計算
 D日米間衝突 木戸幸一の打算
4 日米開戦に反対した人はいたのか
5 「昭和天皇独白録」にみる日米開戦の責任者達
6 帝国陸軍は何をしたのか
 @インパール作戦の現実
 A東條英機という軍人首相
 B東條英機の人間周囲
7 帝国陸軍は何故支持されたのか
  昭和12年〜16年の世相

8 敗戦の決断は何故遅れたのか
9 昭和天皇に戦争責任はあるのか
10 太平洋戦争の結末“紙の上の戦争”
あとがき エリート軍人の頭脳


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