2021/10/26  21:37

讃 岡野弘彦  身辺世相
筆者の私の記憶に間違いがなければ“歌人”と称される人物の文化勲章受章者は少ない。昭和11年の二・二六事件で難を免れた岡田啓介が辞任。後継の総理大臣はなかなか決まらなかった。期待された近衛文麿も辞退。否応なく広田弘毅が就任。詳説は避けるが「軍部大臣現役武官制」などいう法律が決まり、行政は軍人に乗っ取られる。広田のしたことで記憶に残るのは「文化勲章」。昭和12年・1937年、第一回の受賞者は歌人・佐々木信綱、日本画家・横山大観、物理学者・長岡半太郎など。その後、歌人は昭和26年、斎藤茂吉、昭和61年、土屋文明、俳句に至っては昭和29年、高浜虚子のみ。平成時代には誰も居ない。

万葉集以来の和歌・短歌の価値は軽んじられているのが明白。長年、宮中歌会初めに携り、昭和天皇の御製の指導もしていた岡野弘彦氏が本日、97歳にて文化勲章に推薦されたのは遅きに失したとしか言い様がない。

もう誰もが読まなくなったその名前すらはてな?という文学作家の受賞者が過去多い。獅子文六、永井龍男、大佛次郎等等。読まれているのは井伏鱒二、川端康成、司馬遼太郎くらいのもの。先頃90歳で亡くなった歌人の岡井隆、存命の馬場あき子が受賞しておかしくない。俳人の金子兜太も候補だった。

“令和”の考案者の万葉集研究家の中西進は受賞している。いつも下手くそな短歌から脱皮できない筆者は今、酸素ボンベ装填の胸を撫でおろしている。

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