2009/8/10  21:19

テニアン島U  昭和史
今年4月に拙論「私の戦争論」を見たとかで姫路在住の女性から長崎の方を紹介された。金谷さんは太平洋戦争末期「テニアンの戦い」に遭遇、生き抜いて来られた。金谷さんは大正9年生まれ89歳になられる。今日、この頃「テニアン島」と言っても知らない人が多いに相違ない。

今は米国自治領・サイパン島の横の小さな島、テニアン島は玉砕で100人のうち97人が亡くなった割合になる悲惨なものだった。昭和19年7月、筆者がこの世に生を享けて2週間経った頃、10,000人の日本の守備兵は300人しか助からなかった悲劇の島である。ここを制圧したアメリカは、翌年昭和20年8月、この島から「広島」「長崎」へ原爆投下のB29が飛び立たった。

筆者は頼まれたかたちで『慟哭の島その真実』というCD-ROMの提供を受けた。内容はテニアンでの遺骨収集の一部始終である。それを自分の住む町、平塚市と隣接する秦野市の図書館へ寄贈した。両図書館も気持ちよく受領していただいた。とくに秦野市の図書館は受領書まで長崎の金谷さんに送ったとかで、当の金谷さんは感激しておられた。別に自慢でもない。我々の世代の次世代へ伝える義務である。

また先ごろ『戦塵の日々』の著述をIT化したものを、又もやCD-ROMの提供を享けた。実際に否応なく徴兵され、命令されて戦わされ、多くの戦友を亡くされた方の著述で重みのあるものである。

平和のために日本国憲法9条を守るのは結構なことだが、筆者は先ず太平洋戦争を「負の遺産」として逃避するのではなくきちんと認識するところから真の平和論は始まるものと理解している。我々の父祖の悲劇を知らないでは平和など語る資格はない。

明日11日、NHKハイビジョン放送で19時より「楽園の島は地獄になった─テニアン島」が放送されます。興味ある方は視聴されたい。

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します
3


※投稿されたコメントは管理人の承認後反映されます。

コメントを書く

名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ