2009/12/12  17:53

母の命日2  身辺些事
筆者の実父は戦病死である。昭和20年11月だから戦後の死である。肺結核とマラリアでは助からない。翌年、遺骨だか石ころだかが入った白木の箱が届いたという。

むろん葬式はしたらしい。今は成田市だが昔は千葉県香取郡下総町の小さな寺に埋葬したと聞いていた。昭和52年義父が存命のとき一度訪ねた。石碑も塔婆もないただの荒れ草の生えている地面だけだった。

母が嘆くのは無理はない。戦後は生活費を得るのに働きづめで墓参など考えられなかったに相違ない。筆者は母と実父の墓の話は避けていたが「私が死んだら分骨しておくれ」と聞き及んでいたので、母の死後、分骨しておいた。13回忌を過ぎてから、小額でも退職金が消滅しないうちに公園墓地に小さな墓を購入した。昭和18年半年しか暮さなかった父母は、あの世で邂逅できたのか、どうか…。この墓地は自分が入るためのものでもある。

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