2010/6/8  21:58

讃・守屋浩  映画TV
最近、火曜日の歌謡コンサートを見る。これは多分に演歌系だからである。それも昭和の30年代・40年代に活躍した歌手が誰か一人出演する。今日は守屋浩だった。

守屋は、昭和33年、日劇ウエスタンカーニバルでデビュー。本名は守彦。既に第一線で活躍していた井上ひろし、水原弘に合わせたものと言う。3人合わせて「三人ひろし」と言われた時期もある。だが水原も井上も鬼籍に入っている。酒が原因だろう。

守屋は昭和35年、ホリプロ設立に参加。その前に歌謡曲に転向し「僕は泣いちっち」が大ヒット。昭和34年、51年前である。筆者は15歳、中学三年生だった。この年、今上天皇が結婚してミッチーブーム、伊勢湾台風、南国土佐ブームでもあった。又、筆者の好きな三橋美智也の「古城」が大ヒットした。イタリア映画刑事」がヒット。クラウディア・カルディナーレの美しさと主題歌に魅せられていた。

守屋は今は、ホリプロの宣伝部長・スカウト部長を兼務で若い歌手及び社員等の教育・指導にも当たっているという。島倉千代子と同じ昭和13年生まれだからとうに70歳を超えている。その高音にあまり衰えはなかった。うれしい限りである。「僕は泣いちっち」もいいが「夜空の笛」「有難や節」、島倉千代子とデュエットの「星空に両手を」もある。長く現役の歌手でいてもらいたいものである。84歳の青木光一、85歳の岡本敦郎もいる。

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2010/6/13  21:10

投稿者:湘南の暇人
小生の考えは歌手にしろ、俳優にしろある面、ストイックな信条、生き方を要求されると思います。長く芸能界で生きるのは、放埓な生活ではだめだと思います。水原ひろし、井上ひろしはアルコールびたりだったのではないでしょうか。

http://www1.odn.ne.jp/~ceg94520/homepage/

2010/6/11  1:10

投稿者:なりひら
守屋浩さん;いいお顔をされてますね。その後の生きざまが投影されているようです。

http://happy.ap.teacup.com/applet/ibaraki-doji/msgcate1/archive

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