2010/12/18  22:03

津村謙  昭和史
一度通販でCD全集など買うと定期的にカタログが送られてくる。筆者は戦中時代の生まれだから、現今のテンポの速い横文字の歌は、ただうるさいだけである。

10代の頃は、住込工員だったからむろん金はなく、昭和38年からステレオに移行したレコードを買っても、それを鳴らす器材は無かった。時代が良くなったのか、暮らし向きがよくなったのか、今は、アキュフェーズという高級アンプにダイヤトーンのそこそこのスピーカーで、演歌を聞く毎日。ギター曲の鶴岡雅義・アントニオ古賀・木村好夫・カンノトオルなど揃え、島倉千代子・大月みやこ・倍賞千恵子・三橋美智也などの原曲のモノラル、その後のステレオ版などをそろえてある。

しかしステレオ音響に移行する直前に亡くなったのが津村謙。昭和36年、自宅の車庫でエンジンを掛けたまま眠ってしまい、排気ガスによる一酸化中毒で亡くなった。37歳だった。麻雀帰りで遅くなり、家族を起こしてしまうのではと気遣い、自家用車の中で眠ってしまったのが事故の原因。因みにこの年、日活俳優・赤木圭一郎も事故死している。

津村謙は、一世を風靡した映画『愛染かつら』の主人公・津村浩三の「津村」と、それを演じた俳優上原謙の「謙」を取ったものという。昭和26年「上海帰りのリル」が大ヒット。以後「リルを探してくれないか」「東京の椿姫」「待ちましょう」「あなたと共に」(デュエット)などのヒット曲を歌った。端正な風貌と、声楽家を思わせる美声で「天鵞絨(びろーど)の歌声」のニックネームがあった。こんな死に方をしなければもっとヒット曲を連発していたかも知れない。もったいないことだ。松竹の看板スター「佐田啓二」も自動車事故で昭和39年、30代で亡くなっている。

歌謡全集のなかに津村謙の歌は、たくさん収録されているが、今はパソコンのYou Tubeで容易に聞くことができる。今のお気に入りは「流れの旅路」。亡くなって50年になるのに、美声が残っているのは本人もファンも有難いことである。3年前の暮、二夜連続で放送されたTBS・松本清張原作・ビートたけし主演『点と線』、背景が昭和30年代だったので、主人公の刑事がが口ずさむのは、この「上海帰りのリル」だった。

クリックすると元のサイズで表示します
2


※投稿されたコメントは管理人の承認後反映されます。

コメントを書く

名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ