2011/2/10  18:11

活版印刷今昔02  印刷
二日前の「文選ケース」の前の人物は文選工ではなく、単にポーズを取っただけかも知れない。だとしたらそんなに目くじらをたてることもない。

筆者の言いたいことは、鉛の活字とは鉛と錫の合金でたいへん重い金属で且つ柔らかいことにある。鉄のような固さはなく、ガスコンロで溶けるほど柔らかく何度も鋳込み直してほぼ永久に使えることにある。したがって鉄でできた固いピンセットで掴むことは、印刷する紙面に当たる「字面」には触らないことが求められる。

筆者の購入する産経新聞の平成19年09月03日の文化面に「活版印刷脚光再び」との記事があった。昨年の毎日新聞05月09日にも同様の記事があった。これは以後のブログで紹介したいし、インターネットで「活版印刷の工程」などもある。また「活版ワークショップ」なるものもある。

またまた昔の話だが、昭和53年に松本清張原作で、緒形拳主演『鬼畜』があった。緒形拳は埼玉県川越の印刷会社の社長との設定。妻(岩下志麻)には三人の子がある。記憶が定かでないが、工場が火事で全焼。そこへ愛人(小川真由美)が幼い男の子を連れて、自分で養え、と置いて行く。困り果てた主人公は自分の子を能登半島へ連れて行き、海へ突き落す。だが子は漁師に助けられ生きて主人公の元に現れる。男の子は「父親は何もしていない」と子殺しを企てた父親をかばう。そこで父親(緒形拳)は号泣する。緒形拳の演技は秀逸だった。だがそれ故に印刷現場の拙劣さが目に着く。

大体小さな印刷会社の社長に愛人があるとの設定が無理で、活版印刷の会社など大手ででなければ十分な利益は出ない。筆者が記憶するのは、ここでも緒形拳の社長自らがピンセットで活字を拾うシーンがあった。印刷会社の現場を借りて撮影しているのに不思議に思う。小さな活版印刷会社では儲からないこと。社長が文選をすることは先ずない。ピンセットで活字を掴まない。以上三つの酷い事実誤認である。野村芳太郎は『砂の器』など優れた映画監督だがつまらないシーンに変な演出をするものである。

次回は活字の詳細を述べたい。

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