2011/2/14  15:20

活版印刷今昔05  印刷
筆者は昭和44年07月から同年末までに半年間「大日本印刷」という当時の日本最大の印刷会社に勤務したことがある。ただし基本給はかなり安く大手企業としては低ランクだったように思う。当時は「朝日ジャーナル」など多くの週刊誌・月刊誌を「凸版印刷」と分け合い、とにかく活版印刷の現場は多忙だった。この会社はいろいろ手当が多く、週刊誌の場合、速効性を求められる場合に備えての「夜勤」の手当が多かったように思う。

筆者はここで「司馬遼太郎」と「石原慎太郎」の生の原稿を見たことがある。司馬遼太郎はその人間性ゆえか誰でも読める丁寧な筆致だったと今でも懐かしく思う。今、調べたら昭和44年は月刊誌の連載だったのか「花神」か「城塞」だったかも知れない。

先日のコメントで「漢字に関しては中卒の職人の方が大卒より博識だった」と言うところを「漢字・感じ」の誤変換は御愛嬌だったとしても、石原慎太郎は左利きでかなりの速度で原稿を書くので印刷現場のベテラン職人でも読めない。今でも原稿の文字入力の現場は指先の器用な若い女性だと思うが、活版の現場でも「全自動和文モノタイプ」に文字入力を指定する係のために各出版社には「石原慎太郎」専門の編集者がいて原稿の右横に赤字ですべて書き直していた。この原稿には驚いた。石原氏は自分の哲学があり、その発言に耳を傾けることも多いが、筆跡にも人間性が表われる、かなりせっかちで人の言うことは聞かないタイプと見た。

直接仕事には関係なかったが、評論家「立花隆」の文章は初校には徹底的に赤を(訂正文)を入れる作家で、これを自慢していたように思う。今のコンピュータ時代では、作家の文章の訂正などわけもないことだが、立花隆のような自慢にならない癖には、昔の活版印刷の職人には大いに嫌われたと思う。訂正を一文字づつピンセットで引き抜き、直していたら仕事にならない。新たな訂正の文字の活字を拾い(活字を拾う・は活字ケースから文選箱に集めること)最初の版を分解しつつ再度組み直すことになる。どんなに優れた評論でも途中で徹底的に書き直すなら、その主張がブレているのではないか…。

漢字の読み書きは中卒の職人・職工が大卒より優れると書いたが、これは一芸に秀でた感じが無くもない。筆者より上の世代では高校・大学へ進学するゆとりは無く中卒で働かなくては生活できない世帯はかなり多かったように思う。ベテランの文選工はどんなに癖のある筆跡も読みこなし、むしろ漢字が読めるというよりその活字がどの活字ケースにあるのか知悉していた。

添付は「万有百科事典」より。正しい文選のスタイル。
下記は文選する活字ケースでネットで見つけた画像。出所が不明で無断転載である。解ればお許しを願うつもりである。

次回は活字ケース・職人気質などを述べたい。

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2011/2/16  13:30

投稿者:湘南の暇人
なりひらさん、いつもコメントありがとうございます。
立花隆はすごいですね。あくまで印刷現場では嫌われていたですが、その博覧強記は否定できません。本読みの達人で左右関係なく権力、共産党までもが批判の対象となっています。前立腺がんを患っているそうですが、頑張って貰いたいものです。
自らは皇室嫌いですが、五一五事件の首謀者のひとり橘孝三郎は遠縁にあたるようです。

http://www1.odn.ne.jp/~ceg94520/homepage/

2011/2/15  22:31

投稿者:なりひら
私は立花隆という類い稀なる博覧強記の人物を見て、人間の営みは「脳」のなせる業ということが信じられます。その原動力は旺盛なるチ的好奇心なのでしょうか。

http://happp.teacup.com/applet/ibaraki-doji/msgcate2/archive

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