2011/5/19  22:09

サユリスト  映画TV
先日、山田洋次監督・吉永小百合主演の『おとうと』が、テレビ朝日で放映されたので録画して楽しんでいる。昨年一月の封切りだったので、劇場では観ている。平成20年封切りの『母べえ』は、録画は忘れた。今回は、作品は2時間10分くらいだと思うが、なにしろノーカット(当たり前だが)でCMが何度もはいるので2時間40分と長かった。ある意味とんでもない話だと思うが、老人になればCMはトイレタイムともなる。録画してから毎晩6回ほど観ている。

筆者は「サユリスト」である。昭和19年06月生まれ66歳、サユリ様は20年03月生まれで同学年である。平成20年正月封切りの『母べえ』では2人の小学生の女親を演じた。実際には、娘が小学生なら40歳前後の筈である。62歳だと云うのに吉永小百合には違和感は無かった。サユリ様は若いのである。小学校の同級会に行くとクラスの女性は、大体二人の子が居てもう「婆サン」になっている者もいて、首筋や手の甲を見ると皺が目立ち、見た目にもヘロヘロである。サユリ様とは何と違うのだろう。タレントの「タモリ」を代表に世に「サユリスト」は多い。

筆者は、昭和32年頃のラジオの『赤胴鈴の助』以来のファンである。世に決定的にこの女優を認知させたのは『キューポラのある町』である。昭和37年05月封切り、浜田光夫共演、両親役は東野英治郎・杉山徳子だった。この頃は、筆者は「住込み工員」であり、尚、夏には定時制高校は、中退を余儀なくされた。当時の定時制高校は04年間だった。貧乏で「封切映画」は見られなかった気がする。この年36歳でマリリン・モンローが死に、ボクシングWBAフライ級で、ファイテング・原田が世界チャンピオンになった。原田は米屋の配達小僧で中卒だった。05月に国鉄の「三河島事故」があった。アルバイト先の「東京ガス」の同僚が、違う高校だが、定時制高校の修学旅行の旅費を節約して関西旅行をしなかったがために、事故に遭遇、轢死した。今、生きていれば成績は優秀だったのでしかるべき会社の役員にでもなっていただろうと思う。筆者が4畳半のアパートを借りる身分となったのは「東京オリンピック」の後、昭和40年代になってからである。『キューポラのある町』で弟役の「市川好郎」もすでに05年に病死している。

 配達へ大橋の完成前までは自転車ごと乗りし「佃の渡し」

勿体ないので、今日もまた、三分の一ほど観て寝ることにする。

クリックすると元のサイズで表示します
3


※投稿されたコメントは管理人の承認後反映されます。

コメントを書く

名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ