2011/6/7  15:56

内閣不信任案02  政治
06月02日に「菅直人内閣」不信任決議案が、衆議院で採決が行われ、決議案は否決された。前日までは可決の可能性もあった。小沢一郎・鳩山由紀夫グループも不信任に賛成する気配濃厚だった。それがならなかったのは政争に発展するのを誰もが疑問視したからだろう。

新聞・TVの報道も「大阪地検」のようにシナリオがあると云っては失礼かもしれないが、かなり報道の基本方針があるらしく、政治の世界は「東北復興」も「福島原発」も解決しないのに何をやっているのか! といった按配。だが筆者には、これはあまりに皮相的で的外れだと思う。それは菅直人政権のリーダーシップの欠如に他ならない。震災後3カ月も経って「炉心溶融」の放射能漏れが救い難いところまで解って来たからである。放射能飛散が「福島原発」から同心円状態に「ただ逃げろ」では、住民は、はっきり云って殆ど何も解らない。筆者のように前期高齢者なら少々内部被曝しても構わないが、子供や乳幼児には甚だ深刻である。これに明確な基準を示すことが出来ないのがいちばんの問題である。なお被曝と被爆では意味が違う。

家族4人を犠牲にした陸前高田市の衆議院議員民主党・黄川田徹・小沢一郎、岩手県知事・達増拓也、福島県知事・佐藤雄平(叔父が渡部恒三)などは、危機感を強めたに違いない。スピーディに事が運ばないのは「霞が関官僚内閣制」だからである。陰に隠れて見えない本当の権力者を使いこなせない菅政権を早く終わらせることに阿吽の呼吸もあっただろう。菅政権を終わらせようと自民党に「不信任決議案」を催促したのは小沢一郎だという。

筆者は昭和42年・第31回総選挙以来15回、昭和・平成の何年、選挙区、投票した政治家の全てを諳んじている。およそ選挙という選挙は棄権したことは一度もない。それは義務でなく権利だからである。昭和58年、まだ中選挙区制度の頃、京都2区選挙区では定数4人、一人欠如だと補選はないが、池田勇人創設の宏池会代表だった前尾繁三郎、同じく自民党/・谷垣専一が死去。補選が行われた。京都中選挙区では日本共産党が強い。自民党は一人の候補予定だったが、後の自民党幹事長・野中弘務とともに谷垣専一の子息の谷垣禎一(今の自民党総裁)の両候補を擁立。絶妙な票割りで二人を見事に当選させたのは当時の自民党総務局長だった小沢一郎

表面では≪小沢排除≫などと云っても民主党も自民党も、この政治家抜きで事を運ぶことはできない。まだまだ波乱含みである。

明日は「食品安全委員会」に触れる。政治家がすぐに左右できない仕組みになっている。東北復興が遅々としているのは各省庁の縦割り行政がいちばんの原因である。

画像はヤフー「福島原発画像」より。


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