2011/7/16  19:40

佐藤忠良  身辺世相
本年、平成23年03月20日、一人の彫刻家が亡くなった。佐藤忠良、大正元年(1912年)生まれ98歳の天寿だった。

 佐藤オリエの父としか知らぬ彫刻家九十八歳の死の小き囲み記事

筆者のこの見事な歌を批判したご婦人の歌友がいたが、筆者の歌よりこの佐藤忠良という彫刻家を知らなかったことが痛くお気に召さなかったらしい。

実は佐藤忠良は、度々NHKBSや教育テレビで取り上げられていた超有名な彫刻家である。筆者は随分前からよく知っていた。「男はつらいよ」の二回目のマドンナ、あるいは映画「若者たち」で知られる佐藤オリエは、佐藤忠良の長女で、筆者より一歳年長の昭和18年生まれ、今は68歳である。最近テレビで見ないが、舞台女優として活躍しているらしい。

録画番組で、佐藤忠良は告白しているが、50歳までは彫刻だけでは食べていけなかったらしい。このへんが歌人と共通する。歌人も必ず、医師・大学教授など職業を持っている。佐藤忠良も大学教授だった。佐藤忠良は東京芸術大学の前身、東京美術学校の卒業で同期の親友は舟越保武(秋田県・田沢湖「たつ子像」の作者)。当初は画家志望だったらしく当然絵も上手い。

筆者の言いたいのは彫刻とか短歌はなかなか「文化勲章」の対象にはならないことである。文化勲章受章者で小説の円地文子・田辺聖子・永井龍夫など読んだことがあるだろうか。学者や歌舞伎役者などから比較すると彫刻・短歌は随分低い地位にあるらしい。文化勲章の選考過程はよく解らない。茶の湯の「千家」の本家・表千家が関係なくて分家が受賞しているのは、この選考を物語っている。佐藤忠良も舟越保武も受賞してしかるべきだった。

なお彫刻のレプリカは著作者次第だろう。オリジナルは粘土の塑像からは一つのブロンズ(青銅)しかできない。東大寺の盧舎那仏(るしゃなぶつ)も上野公園の西郷隆盛像(高村光雲作)もそれしかない。佐藤忠良はブロンズが出来ると元の塑像は壊して粘土を数十年使っていたという。

画像はNHKTV録画より、2002年の画像。静止画でも著作権違反だが偉大な彫刻家に免じて許されたい。

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