2013/2/20  20:43

神田やぶ蕎麦  身辺世相
千代田区神田須田町の「神田やぶそば」が02月19日半焼した。だがそれは表通りから見てのことで、歴史ある蕎麦屋の肝腎の内部・厨房は全焼らしい。今、解っていることは漏電だとの見解。更なる火事の原因が追究されても焼けた歴史的建造物は戻らない。明治・大正時代の木造の建物に現代の最先端の電気的配線なのだから、いくら点検・配慮しても土・日にはたくさんの客が来て、そのたくさんの客を捌いて、従業員の給料を支払い、建造物を保存し、利益をあげるなら大いなる無理があるに違いない。

この「神田やぶそば」の前の脇道を行くと「甘味処・竹むら」「あんこう鍋・伊せ源」、さらに「神田まつや」という蕎麦屋がある。池波正太郎がこよなく愛して通ったのは、むしろ「まつや」ではないのか、池波は「「酒」が好き、甘いものも好き、更に始終、煙草も放さなかった。今、残っている池波正太郎の画像は、殆どが煙草をくわえている。

筆者はその4つの店、全部に行っている。いずれも神田川・昌平橋が近く、勤務先の神田明神下が近い。酒が飲めない体質につき「竹むら」は3度ほど行き“あんみつ”をいただいた。「伊せ原」の「あんこう」なるグロテスクな魚は、好きではない。記憶に残っているのは「やぶそば」の一人前は、なぜか量が少ないこと、「まつや」は東側から入り、西側出口から出る、いわゆるトコロテン方式の客捌きで長居はできない。「江戸」の神田は、食事時、愚図愚図してはいけないのだろう。もっとも江戸前の食べ方は、老人にもいい! 入れ歯不要で、ズーズー落語で見るように飲みこめば時間も掛からない。

三年前の02月01日、このブログで「重要建造物火災」を記述したのを思い出した。≪戦後の大宰相・吉田茂の邸宅があって、そろそろ一般公開寸前の平成21年焼失して。その後、どうなったのか判らない。素人が考えても「失火・漏電・放火炎上」のように思う。その後の詳細な調査・報道はない。更には、同年2009年12月には、小田原市にあった、太宰治「斜陽」の舞台、「雄山荘」が全焼。ここは無施錠で通電も無くこれは放火の様相。神奈川県は藤沢市の「旧モーガン邸」が二度も火災全焼している。≫

この際、失火・漏電云々は別にして「歴史的建造物」は、その景観の保存、電線・ガス・通信など生活ライン、水回り・消火栓などの非常時、定期点検時期・人員など、難しい問題があることは想像できる。江戸城城下、千代田区は「神田○○町」、中央区は「日本橋○○町」と、町名、街並み、建物をいろいろ保存している。建物を維持し且つ定期点検の上、利益も必要では、その努力は簡単なことではない。だが味の維持と建物の保存が優先だとしても、そんなに何度も出かけたい老舗であったとも思わない。アルコールと麺類は好物でない者の感想だが、為念。

添付は平成18年の画像。

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