2013/11/5  15:51

法人登記  身辺些事
拙宅の近所にいわゆる“お屋敷”がある。公園として三分の一を削られたが、それでも60坪はあるだろう。建坪が40坪はある。緩い坂の下に建築されているから1メートルほどコンクリートの土台がある。本日の画像は、その土台にある「沁み」、単なる水分からくるものだろう。だが見ようによっては“真鯉”が流れに逆らって尾を振っているように見える。

このお屋敷は、筆者の3代前くらい明治時代に祖先を同じくする縁戚。平成16年に亡くなったが2代目の○○業を発展させて、高度成長期の時流に乗り成功。生業の○○業を成功させてそれに関連する会社を幾つも作り、10年程前に公開されていた「高額納税者」では平塚市では上位にあった。2000万円の納税ならその3倍の収入があった筈。一つだけ明かせば、今は、当然どこにでもある“スーパーマーケット”。まだコンビニも宅急便もない昭和40年前後では画期的なものだった。

これ以降個人商店は衰退してゆく。そのお屋敷周辺「1000坪は自分のものだ」と言っていたが、よく調べれば、これが“法人名義”、ヤフーの地図で調べても番地が無い。個人名義でないことが解ろうと言うもの。高度成長期、いくら頑張っても田中角栄氏ではないのだから個人で買収することは不可能。拙宅周辺の老人なら、親戚縁者の土地を勝手に名義変更。法人所有にして仕舞った事実を知っている。

昔は、土地の貸し借り、相互扶助などは阿吽の呼吸、口頭約束で“不動産登記”などは無縁だった。登記は何年か経過すれば有効となるだろう。真鯉に見えるシミは、土地がいつの間に無くなっていた者の悩める“怨霊”だ。

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