2013/11/9  19:37

悼 島倉千代子  昭和史
昭和35年秋、JR錦糸町駅横の「東京楽天地・江東劇場」で“島倉千代子ショー”を観た。この時、島倉は、過密日程の疲労で声が出なくなっていた。筆者は16歳、島倉は22歳。島倉は美空ひばりと並んで歌手として絶頂期。満員で「立ち見」だった。入場料は300円?位だったのか。今では3000円以上だろう。

レコードを鳴らしていわゆる“口パク”だったのか。心無いファンも居て「金返せ!」の声も聞こえた。司会の漫才「晴乃ピーチク・パーチク」が平謝りだった。この江東劇場は今も存在。歌手は当時、ここでショーが開催できれば一流の証だった。

ここでは、何度も昭和30年代の三橋美智也・島倉千代子を記述した。NHK紅白の常連北島三郎・和田アキ子などは実質、島倉の足元にも及ばない。

昨日、島倉千代子が死んだ、肝臓がんで75歳。筆者が10代、20代に親しんだ歌手の死は悲しい。10年程前、乳がんを手術、克服したと思っていた。あまり苦しまなかったと言うが、それは見た目の問題だろう。半年間苦しんだ筈だ。

添付画像の文庫は平成13年12月発行。著者は田勢康弘、昭和19年生まれで当時、日本経済新聞社の論説副主幹。ノンフィクション作家・吉永みち子の紹介で島倉と知り合った。自分のエピソードを加えて、島倉千代子を余すことなく叙述していて好著、再読した。平成10年、田勢の故郷、山形県西置賜(にしおきたま)郡白鷹町における講演会の逸話は面白い。

田勢の2時間の政治の講演半ば「人生いろいろ」を歌いながら、今で謂う“サプライズ”演出で島倉が登場、本物の歌手など見たことのない田勢の親戚を含めた田舎の聴衆30人は喜んで泣く老人も居た。その死は10年早い。合掌

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