2014/4/10  22:27

風が吹けば  日本史
≪風が吹けば桶屋が儲かる≫は慣用句。以下は要約。由来は江戸時代。@大風が吹いて土埃が立つA土埃が目に入り盲人が増えたB盲人は三味線を購入する(盲人の職)C三味線に猫皮が必要D猫の減少で鼠が増えたE鼠は桶を囓るF桶の需要で桶屋が儲かる、といった按配。

これに従えば筆者の父親が戦死した“太平洋戦争”の張本人は徳川家康ということになる。良くも悪くも徳川家康は265年の江戸時代の鎖国を招いた。薩長の島津藩・毛利藩は「関ヶ原の戦い」から徹底的に疎まれ265年雌伏した。だからこそ明治維新は、江戸時代のマグマの爆発になった。今も「徳川家」は存在して18代目は徳川恒孝(つねなり1940生)。明治維新は265年の“イジメ”の帰結とも云える。転じて薩長の跳梁跋扈の原因は徳川ということになる?

元文藝春秋編集長の作家・半藤一利氏は、昭和を貶めた陸海軍の軍人を追求している。良い軍人の山本五十六は新潟、米内光政は盛岡出身。悪い軍人は殆ど「薩長」出身。昭和の軍閥の最大の責任者は山口県出身の山縣有朋だった。半藤氏は東京大空襲で墨田区の中川に転落。どこの誰とも知れないオジサンに首根っこを掴まれて引き上げられ九死に一生を得た。日米開戦の責任者・薩長の軍人には恨み骨髄だ。半藤氏は向島出身で江戸っ子

だが近代明治の基礎を作った西郷隆盛は旧島津藩。割愛するが西郷亡きあとは大久保利通・桂小五郎・伊藤博文など薩長出身者と岩倉具視。むろん江戸幕府を倒して明治政府を作った理由を半藤氏は知悉している。歴代の総理大臣はダントツで山口県出身8人、鹿児島3人。62人の総理大臣は薩長土肥で15人。筆者の「論理の飛躍」のある程度の証左にもなる。西郷、大久保、木戸、岩倉の死で残り者に福が来た。下級武士の山縣有朋が軍部を創設、太平洋戦争に繋がる統帥権の元祖になった。「責任者出て来い」となる。

言いたいことを言っていると「月夜の晩だけじゃないぞ」とは友人の助言。だが“くノ一忍者”には襲われて?みたい好奇心はある!

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