2014/10/19  22:56

神田猿楽町  身辺世相
ヤフーのニュースで知ったが、千代田区議会で町名変更の議案が可決された。それは三崎町が「神田三崎町」、猿楽(さるがく)町が「神田猿楽町」と昔の町名に戻されたと云う問題。この近辺の町名は、神田駿河台、神田小川町、神田神保町等々。この二つの町名が何故、昔“神田”が外されたのか解らない。だが住民にとっては大問題。千代田区長の「(神田は)地域のアイデンティティー、心の拠所」は、聊かオーバーだが間違ってはいないだろう。

JR御茶ノ水・西口を降りて駿河台下へ下る坂には特に「坂」の名が無く通りの名も無い。だがひとたび東西の小径には歴史ある名が残る。東側はこの際、割愛して、明治大学・山の上ホテルの裏は「錦華坂」、その横の錦華公園に面したところが「猿楽町」。読んで字の如く慶長の頃に猿楽師・観世大夫一団の屋敷があったことに由来する。西暦1600年の「関ヶ原の戦い」が「慶長の役」だから由緒がある。

因みに筆者が勤務していた外神田は昔、神田金澤町だった。今でも2年に一度の「神田祭」の神輿は麗々しく神輿、提灯には神田金澤町の独特な書体が躍る。蛇足だが山の上ホテルは、著名な作家が逗留した。川端康成、三島由紀夫、池波正太郎は「美味いもの」のエッセイにも登場するし、昭和初期の二・二六事件にも関連する。クラシカルな建築でも有名。序に云えばJR秋葉原駅に塀着いたようなのが「神田練塀(ねりべい)町」でこれは現存する。勤務していた会社の社長のお嬢様が神田生まれなのに“れんべいちょう”と言っていてびっくり、江戸の歴史を部外者の小生が説明して悲しい。

回顧的に町名が元に戻ることは賛成だ。いつの間にか増えて仕舞ったのが平仮名の自治体、むつ市(陸奥)、ひたちなか市(常陸那珂)いすみ市(夷隅)は半ば納得。だが南アルプス市、さいたま市は如何なものかと思う。ここに居住している方には失礼だが、土地を無償供与されても住みたくない。住民には今でも問題になっているのが南アルプス市。由緒ある“巨摩”市ではなぜいけないのか。書き易さ優先が「右へ習え」となった気がする。

添付は山の上ホテル裏の錦華(きんか)坂。

クリックすると元のサイズで表示します
7


※投稿されたコメントは管理人の承認後反映されます。

コメントを書く

名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ