2014/10/31  22:56

マクドナルド・昭子氏  身辺世相
2011年10月11日、イギリス・ロンドン在住の「マクドナルド・昭子」さんからメールを頂いた。英文も添付されていたがこれは割愛。昭子氏が当初着目したのは、筆者の『私解 戦争の昭和史』の中の“インパール作戦”。詳細は避けるが、これは昭和19年のイギリス軍との戦い。結果は7万人の兵士を動員し、6万人が死んだ。実に100人のうち91人が戦死したことになる。イギリス軍は一桁少ない4000人が戦死している。

昭子氏の質問は、日本の二人の学者の論調が多分に「日本を卑下する」態度なので日本での評判はどうかと云ったものだった。二人の学者は、日本では昭和史の分野では全く無名だった。小菅信子氏は山梨学院大学法学部教授。黒沢文貴氏は東京女子大学現代文化部教授。小菅・黒沢氏も初めて聞く名だった。ウィキペデァで検索したらA4ペラ一枚の紹介。研究テーマは「日英の和解」である。殊に小菅信子氏はケンブリッジ大学卒で、亭主も義父も英文学者。なまじ英会話に不自由なければロンドンでは言い訳がましい態度になるのだろう。日本に落ち度があると言えばイギリスを非難できなくなる。昭子氏の違和感に同調する。

イギリスでは、今も「インパール作戦」における“日本軍のイギリス人捕虜虐待”が叫ばれているらしい。昭子氏の活動は「戦争はお互い様」、「日本もこれだけ酷い結末だった」と戦争全体を説いていた。日本軍兵士は「戦陣訓」で捕虜になったら死ね、と教育された。高級将校でも「ハーグ条約」など知らず、ましてや捕虜に与えるべき食糧も薬品も衣類もない。自分たちが生きる・逃げるのに精一杯が実情。戦時では今日の常識・秩序など望むべくもない。

筆者のブログ再録時の2011・10・21「捕虜虐待」の骨子。
≪私はイギリスにおいて、どれだけ日本や日本人が苦労したかの状況を多くの人々に伝える努力をしている。2009年にはBBC4ラジオの生番組で戦争議論討論に出場。また先々週から民営の歴史テレビ番組“Yesterday”と言う戦争番組のシリーズ後半にインタビューされているので、これにも出場。また各地での戦争体験者やその家族との接触も行っているので、お互いの国や兵士達がどれだけビルマの戦場で苦労し、餓死したり病死したり、した事など共通の痛みを分かち合えるような会話を続けている。現在は、三つのプロジェクトを同時進行、その内の一つに印度北部ビルマ国境付近に位置するサンジャックという激戦地に置いて、400数名の日本兵が戦死していて、その英霊の為の慰霊塔を建立する為の協力を行っている。委細は略すが、基本的理念は相互理解にあり、互角でしかも平等の立場で異文化・異なる宗教伝統を理解しながら、話し合い、戦争を語り継ぐ仕事を続けている。≫

多分に本人の努力だろう3年前よりネットでかなりマクドナルド・昭子氏の紹介がある。筆者もやっと経歴の詳細を知った。ともあれ昭子氏の主張は、徐々に理解され始めた。
≪在日米企業の社長秘書を経て1988年に渡英。パナソニック、シャープなど在英企業6社において秘書や営業担当を経て2008年独立。現在、オーシャンブリッジ・マネジメント シニアコンサルタントとして、ロンドンを拠点に英語仕事塾を主宰。大手グローバル企業をはじめとする多くの企業内研修、セミナー、コーチングを手掛けるとともに、大学での講義の経験≫

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