2015/5/5  16:20

原節子01  昭和史
今でも時折、TV番組、雑誌で「美人女優」「名女優」「好きな女優」の特集が組まれる。何れもベスト3に入り、筆者は、今はナンバー1と思うのが、原節子。吉永小百合はいわゆる“サユリスト”が多いし、今でもCMなどに出ているからこれもベスト3に入る。顔馴染みの観点もある。日本的美人なら山本富士子、清潔感と気品を加味したなら原節子に異存はない筈。ただし昭和37年、42歳で引退しているから今の若い人には疑問符が着くだろう。

筆者が好きだったのは、もう亡くなったが高峰秀子、現役の岩下志麻、松坂慶子、同世代として吉永小百合、十朱幸代だった。今それを改めるのは、原節子が筆者と同じ06月17日生れで、しかも同じ申年だからである。丁度二回り上の1920年・大正09年生。現在94歳で存命、鎌倉市に住む。東京の老人ホームに移動したとの噂もある。94歳なら独居の生活は無理だ。

原節子のデビューは1930年だが、当時の映画界の秩序を無視して、原を抜擢したのがドイツの映画監督、アーノルド・ファンク。昭和12年02月に封切られたのが、原節子主演の『新しき土』。ラブストーリーで、映画としての評価もイマイチらしいが、見ていないので何とも言えない。二人の若い男女が多少の紆余曲折を経て、中国満洲で暮らすことになるという、多分国策映画だろう。ただこの映画の影のプロデューサーにびっくりする。“ドクター・ハック”ことフリードリヒ・ハック(1885─1949)は、日本語が堪能でドイツと日本陸軍に介在したスパイなのか武器商人なのか。

自分のHP「戦争の昭和史」に、戦争の核心を書こうとすると難問。一次史料を用いていても用いなくてもそれ以前に稚拙な文章なので何度も推敲している。戦前の昭和は本当に“闇黒の世界だったのか”が今の最大のテーマ。昭和11年の二二六事件から日米開戦前までの4年間だけでも世相を反映する様々な事件がある。政治、経済、軍事、市民生活、芸能ネタ然りだ。ここは講談社発行の「日録20世紀」(A4変型判)1937〜1940、昭和12年〜15年までを参照。昭和12年のほぼ冒頭に紹介されるのが「新しき土」。以下次号。

添付の左側の人物がアーノルド・ファンク監督。

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