motoda(自然栽培を追いかけて)

 自然栽培とは、人為的に肥料を与えず己の持つ自然の力で養分を集めて育ってもらい、一切の農薬を使わない栽培方法である。
 全ての基本は自然の中にある・・・・

 
  
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投稿者:野武士
お忙しい中、不躾なコメントに真剣に答えて頂いて有難うございました。お体にはくれぐれもお気をつけください。
投稿者:元田裕次
永田農法は私も勉強しました。最初は凄いと思いましたが、今ではいい方法ではないと感じてます。DVDも買ってみましたが、がっかりでした。やはり自然を見てその循環に合わせるやりかたがいいように感じてます。私はいいもの悪者と区別しないで、その時の環境で一番いい方法を取ればいいと思ってます。ならば自分の中の引出しは多いほうがいい。

不耕起も耕起も
有機も無機も

区別しないほうが作りやすいし
悩まなくていい。

自分でそれに向かったときに
肥料を使わないほうがいいと思ったから
使わないだけです。

大規模不耕起なんて考えていませんよ。
なるようにしかならないから
やりたいようにやってみます。
だってとりあえず4反くらいからなんですから
何かを感じ取ってくださればうれしいです。

投稿者:野武士
毒を食わらば皿まで。誤用ですがそう思います。植物は単体では生きられません。私は農作物で生計を立ててはいないので甘いことを考えていますが、畑が砂地なので裸地にすることで砂漠化を考えてしまいます。作物も単体で育つより大きくはなりませんが、鋤き込まずに残る多種の根が土を守ってくれる気がします。確実に柔らかく温かい土に変わりました。肥毒については気にしたことはありませんが、植物に苦労させて育てるか、気持ちよく育ってもらうか。究極は永田農法〔反有機)だと思います。苦労させてその植物のぎりぎりの生命力を引き出し、高い栄養価の作物を得る。人間のための農法ですね。でも環境はどうでしょうか。有機による環境汚染を考え、私は自然農に移行しました。でも神経質になるとストレスがたまります。自分が自然体でいられないのに植物が自然で居られるはずがないと考えるようになりました。肥毒があるかもしれませんが、畑はにぎやかです。その作物を私は頂きます。超小規模ですから言えることですが。長野に住み込みでレタス農家に居たことがあるので少しは大規模農家の苦労は解かります。大規模不耕起は想像できません。このブログでどんな答えを見つけられるのか、楽しみにして拝見させていただきます。(ものすごく大変でしょうが・・)
投稿者:元田裕次
不耕起、耕起にこだわっていません。ただこの場面ではそれが一番良い方法ではないかと思ったのですが・・
投稿者:耕作人
おぉ、元田さんも不耕起派に転向ですか(笑)
ほぼド素人の不耕起栽培派の僕の経験なんで
参考にはならないと思いますが、雑草の鋤き込みによる肥毒は限りなく少ないですよ。

普通の耕起栽培の1〜3%くらい、間違えて鋤き込んじゃうレベルじゃないでしょうか?

僕の畑の中でも完全不耕起の福岡式自然農法の野菜作りをしている箇所は、完全に取りきれなかった小さな雑草が、チコッと表層に入っちゃう位でしょうか。
性格的に面倒臭がり屋と言うのもありますが。。。
そのレベルでも肥毒になってしまうと言われると、お手上げで〜す。




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