2021/6/3

あれから1年そしてひと月  日記
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  従兄弟寄りの記念撮影

ブログ登場の孫たちの写真は、約1年ぶり。皆すっかり大きくなりました。
鯉太郎は4歳と9カ月、HARUは3歳、TOMAは1歳半になりました。女三人「姦し」、男の子三人は「デストロイヤー」。狭い我が家はすっかり玩具の「修羅場」と化しました。中でも、兄ちゃんたちに必死に付いて行こうとして頑張っているTOMAは「可愛すぎる」。兄ちゃん達も下の子の面倒を見ることができるようになりました。幾つになるまでこのような集まりができるのか。そして、私はいくつになるまで孫たちの集まりを見守ることができるのでしょうか。

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  第一圃場

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  第二圃場

不如帰の鳴き声が聞こえる季節になりました。我が家の庭はひとつき経って、野菜たちがすっかり生育しました。中には、レタスのように董が立ってしまったものもあります。連作を避けたナスやミニトマトも立派に育っています。枝豆、インゲン豆、オクラなど、ビールのおつまみになるものの収穫もいまから楽しみです。
写真には登場していませんが、今年も西側の窓にグリーンカーテンとして、朝顔とゴーヤを植えています。朝顔は昨年蔓の上の方ばかりに咲いて窓から見えなかったので、今年はうまく剪定して花を楽しみたいですね。芝生も今年第一回の刈り込みを入れて「グリーン」になりました。これから雑草とのバトルが始まりますが、狭い庭ながら楽しみがいっぱいです。(6月3日 記)
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2021/5/20

里山トロッコ列車  旅行
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 上総牛久駅に停車中のトロッコ列車

日時:5月15日(土)

旅程:鎌取〜蘇我〜五井〜小港鉄道〜養老渓谷〜(トロッコ列車)〜五井〜蘇我〜鎌取

費用:3000円(トロッコ列車片道600円含む)

時間つぶしではないけれど、遠出のできない昨今、房総半島内でできる旅行にと、小湊鉄道で養老渓谷を訪ねた。養老渓谷は房総半島のど真ん中。その渓谷を削る養老川は清澄山(377M)付近(麻綿原高原)を源流に房総半島を貫き、東京湾に注ぐ。その途中に養老渓谷を作り、近々、世界登録をされそうな「地球磁場逆転」の最後を示す地層「千葉ニアン」(沿線の月崎付近)をえぐる。千葉に移住したての若いころはたびたび車で訪れた場所であるが、年老いてのんびり行くのは鉄道に限ると、今回訪れた次第。
本来、内房の五井から養老渓谷を抜けて、終点の上総中野でいすみ鉄道に乗り換え、外房の大原まで達する、「房総半島横断」のコースが理想であるが、PR効果が効いて最近人気の「トロッコ列車」に一度乗ってみようと、時間的に都合の良い五井〜養老渓谷の往復コースを選択した。通常約1時間で行く養老渓谷〜五井間をトロッコ列車は約2時間かかったが、固い木の座席にお尻を絶え間なく動かしながら、それでも、のんびりと、上総台地の風景を楽しんだ。
写真の機関車はSLの格好をしているが、実はデイーゼルカーで、客車側に着いた運転席で、路面電車のようにレバーを操作して動かしていた。
季節ごとに変る沿線を背景に、この「トロッコ列車」を撮りに多くの「撮り鉄」ファンが やってくるそうで、我々も、いつか沿線から手を振ってこのトロッコを見送る人になろうと思った。             
                    (5月19日 記)
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2021/5/19

コロナワクチン接種予約  日記
本日から多くの病院で70歳以上のワクチン接種予約受付が始まった。おかげさまで、第一回目が6月29日(第二回目は7月20日)で予約がとれた。実は、先日、78歳の先輩から、私が行っているのと同じかかりつけの病院で、予約したところ、第一回が9月にしかできないと言われたという。事実を確認するため、昨日、持病の検診に行ったついでに、聞いたところ、そうだという。「そんなに待てないので、先生には不義理をさせていただく」と、了解を得て、他の病院を探すことにした。市の広報を見たところ、かつて利用したT肛門科とO眼科が利用できることが分かった。O眼科に電話したところ、17日からの受付で、7月には接種できるだろうとの返事があった。これは助かるが自宅から少し離れているのでどうしたものかと思い、更に、広報では「準備中」と記載されているT肛門科に電話したところ、電話受付開始は13日の13時半からという。そうして、すんなりと予約ができた次第。それにしても、9月は遅すぎるので、先輩にはここ数日で手に入れた情報と合わせ、他のところに変更する交渉をお勧めした。数年前、恥ずかしい思いで行った肛門科の予約券が、こんな時に役立つとはと、ほくそ笑んだ次第。(5月13日 記)
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2021/5/19

家庭菜園  日記
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  圃場その1

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  圃場その2

今年の五月連休の天気はいつもと違い「日替わり弁当」みたいにくるくる変わった。例年のごとく、この時期は家庭菜園スタートの時期。庭の狭い圃場は、新しく開墾した場所の「圃場その1」と「圃場その2」に分け、新開地には連作障害を避けて、トマトやナスと言った「なす科」の野菜を植えた。「その2」には障害の出ない豆類となる。

英会話教室の話題にと、植えた野菜の英語名を調べてみた。残念ながら6日の教室では披露する機会がなかったが、頭のトレーニングのため、記録しておく。

茄子:eggplant 形が卵ににてるから インゲン豆:kidney bean (kidney とは腎臓のこと)

 枝豆:young soybean 大豆の若造? オクラ: そのまま okura

 シシトウ:small green pepper

落花生( peanut )は枝豆と間違って買ってしまったので、できるかどうか初めて挑戦する。その他、レタス( lettuce )、万願寺唐辛子(green papper ?)
オクラと枝豆はポットに種をまいて苗を育てるが、つるなしインゲンは、苗床に直に種をまいている。レタスはヤオコーで少し早く、苗を買ってきて植えたので、すでに十分葉を出していて朝夕の食卓に登場している。枝豆は実が一斉にでき、しかも時期を過ぎると「大豆」になってしまうので、第二弾は時期を少しずらして、種をまく。採りたての枝豆はビールの晩酌のつまみにもってこいである。
野菜をいじっていると、その生命力と収穫物の恵みにしばしば心を打たれる。
                 (5月7日 記)






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2021/5/13

黄砂  日記
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  西安の黄砂

黄砂の季節である。梅が咲き、桃が咲き、桜が咲くころ、中国のゴビ砂漠からやってくる黄砂は、2年前の4月に行ったシルクロードの記憶を蘇らせる。

  「渭城の朝雨 軽塵を潤し 客舎青々 柳色新たなり・・・」

西安はすぐ近くにある砂漠から、一年中塵害を受ける。その砂は特に春になると、強い西風に乗って、はるか日本までやってくる。黄砂で曇った空を見ながら、遥かなるシルクロードを思い出したので、写真を掲載したい。     (2021年4月1日)


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  これぞ「ゴビ砂漠」。ウルムチから上海への機内から
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2021/3/31

ウッチー君結婚  日記
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    ウッチー君結婚おめでとう

アンコールワットのあるシェムリアップに住むウッチー君が結婚しました。幸せな家庭を作ってくれるのを祈っています。カンボジアに行って、彼の家族に会えるのを今から楽しみにしています。
                         (3月19日 記)
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2021/3/15

あれから10年、3.11に寄せて  登山
東日本大震災が起きて丸10年。3月11日には、各地で鎮魂の催しが行われたが、改めて我が10年を振り返って驚いた。良きにつけ悪きにつけ、この十年は我が人生の「激動期」の一つだったと思う。

思えば、2011年は地震の影響でエレベーターが使えないマンションの上り下りに体力の限界を感じ、約9年務めた郵便屋さんを辞めた年だった。その後、娘二人が次々に嫁ぎ、数年のうちに、孫3人を得た。2015年には、加齢黄斑変性と白内障で左目手術。追いかけて、16年には、右目の白内障手術もした。お陰で、今も車の運転のできる視力を維持している。

この10年はあっという間だった。津波の被害は随分復興できたのに、福島の原発修復は殆ど進まず、これから40年以上の時間が必要だという。福島の原発恩恵の暗転に深く同情する。

我々の平均余命は12年ほどだそうだ。これまでの経験から、12年なんてあっという間だろう。その間どんなことがわが身に起こるか想像もできないが、せめて、健康を維持し、コロナが消えた海外を自由に旅したいと祈るばかりである。
             (2021年3月15日 記)

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2021/3/15

日本百神社  旅行
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  鹿島神宮本殿

「日本の神社100選」なる本を買ってきて、漠然と見ていたが、、今更ながら神社のことは知らなかったと痛感した。残りの人生、百名山ならぬ、この「百神社」巡りもいいのではないかと決意した。
「百神社」の多くが京都や奈良にあり、千葉からは遠いが、両地区を集中的に回れば、お金はともかく、案外短期間に回れるのではと思う。

と、手始めに、近くの「一宮神社」を訪ねることにした。
鹿島神宮は常陸(茨城)の国一宮、位置は、茨城県にしては、東南の端になるが、昔の人が決めたこと故、文句は言えない。剣豪塚原卜伝の「鍋蓋の戦い」は子供ころ漫画で読んで、思い出深い。今やサッカー「鹿島アントラーズ」の本拠地で、かつてアントラーズはJリーグ無敵のチームだった。今回訪ねての実感であるが、ここは、海の神様を祭る神社だと。門前町は西から付けられているが、本殿を過ぎて、参道と思しき道をたどり、奥宮社殿を見やると、そこは、鹿島灘の潮騒が聞こえてきそうなところであった。最初の神様はこの海から上陸し、常陸の国の開発に手を染めたのだろう。下って、朝廷を守る為、多くの「防人」たちが、この海岸から「鹿島立ち」をしたのだろうか。天を衝く杉の大木を見上げると、古の人の生きざまを思い起こす。我が家から東関道で約1時間、季節を変えてまた訪れたいところである。

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  鹿島神宮楼門は日本三大楼門の一つ

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  香取神社本殿

東関道・佐原香取ICを降りると、すぐ近くに香取神宮がある。こちらは、わが住所「下総」の「一宮」で、鹿島神宮とは日本一の大河「利根川」を挟んで、昔から、ライバル同士として勢力を張り合ったようだ。
因みに御祭神は、鹿島神宮が「武甕槌(たけみかづち)大神」に対し、香取神宮のそれは「経津主(ふつぬし)大神」。ライバル同士であるためか、それぞれが、それぞれの配下であったと、「古事記」と「日本書紀」で主張し合っているとのこと(香取神宮にある両神宮の謂れ解説)。とにかく下総の国は広大で豊だったのだろう、香取神社は同じ千葉県の「上総一宮(玉前神社)」に比べたら、その豪華さは比較にならないほどである。
旅の思い出に、門前町の蕎麦屋さんで奮発して「穴子丼」を食べた。神社の裏手の境内には多くの桜の木が植えられており、花見に再び訪ねたい。           (2月22日 記)
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2021/1/11

初詣  日記
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  検見川神社

謹賀新年

今年の年末は孫3人が両親と一緒にやってきて、「従兄弟寄り」の合宿。鯉太郎は12月26日から28日まで3泊して、29日に「サイタジイジ」のところに行くため、自宅に帰って行きました。
HARUとTOMAは27日からお母さんとやってきて、27日と28日は従兄弟合宿したあと30日に一旦帰宅し、2日、3日にお父さんも一緒にやってきて、泊まっていきました。その間、2日間の中休みを含め、延べ、10日間、ジジババはクタクタでした。
元旦の朝は、私一人で近くの六通神社に行き今年の家内息災をお祈りしました。何時もは人気のない六通神社ですが、この日はさすがに参拝客で長蛇の列でしたし、氏子の人が「お札」など売っていて正月気分満載でした。
午後は、夫婦で、有吉日枝神社に行きましたが、こちらも長蛇の列。ここの参拝を後回しにして、隣の泉蔵寺に行き、お参り。帰りに、再び神社の方に行きましたが、こちらは先ほどよりもっと長い列になっていましたので、参拝をあきらめて家に帰ってきました。

3日はHARU一家を「八剱神社」に案内し、神社自慢の神楽殿や雷が落ちて先端が枯れた老杉を見てもらいました。HARU一家はお父さんをはじめ皆「神社ファン」なのです。

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  旧神谷伝兵衛・稲毛別荘

孫たちが帰った6日、夫婦で千葉市民の氏神様の検見川神社(写真)と稲毛浅間神社にお参りしました。さすがにこちらは3が日も済んで閑散としていましたが、絵馬や破魔矢などのお店は、それなりに繁盛していました。
神社からの帰りには、妻のお勧めで、近くの「旧神谷伝兵衛・稲毛別荘」と「千葉市ゆかりの家・いなげ」を訪ねました。
今回初めての訪問でしたが、どちらも歴史を感じさせる素晴らしいところでした。

 
神谷伝兵衛はあの「デンキブラン」の神谷バーや牛久のワイン醸造場「シャトーカミヤ」の創始者。別荘のできた大正7年ころは、目の前に海が迫り、漁場や稲毛海水浴場でした。

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「ゆかりの家」は「清のラストエンペラー」、愛新覚羅溥儀の弟溥傑が日本人の妻、(嵯峨宮)浩と新婚の半年を過ごした家。1937(昭和12)年の話です。稲毛浅間神社の敷地の傍に立っていて、戦前の政府がお二人の生活を手厚く保護したのでしょう。
                            (1月11日 記)



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2020/12/26

第九を聞きながら  日記
今年もまた暮れようとしている。年の初め、今年がこのような年になろうとは、誰も想像もしていなかったであろう。コロナの為に、自粛自粛。旅行くらいしか楽しみの無い、年金生活者は、随分足止めを余儀なくされ、なんとも味気ない一年となった。
自治会の役員を引きうけ、それなりの活動をしようと覚悟していたが、いつもの夏祭りの出店もなく、やっと12月になって町内清掃と防災訓練をして、これで、今年の行事もおしまい。敬老会は中止になり、高齢者にお祝いの商品券を配り、防災訓練では「非常食」を配り、なんとか徴収した年会費を還元することはできたが。
ボランティアの散歩も年4回のところ、春先の自粛ムードの中で、後半の2回を、コロナ対策をして実施することになったし、年二回の講習会は三密を避けて中止。行事の実行が何か悪いことをしているような、後ろめたさえ感じる昨今であった。
そんな中、夏休みこどもたちがやるラジオ体操への参加を楽しみにしていたものの、これも短い夏休み故に中止になって、うずうずしていたところ、近くの公園で老人たちが集まってラジオ体操をしているのを知り、家から約2キロを歩いて会場に行き、みっちり体を動かし帰ってくるのが日課になり、生活のリズムとして沁みついた。
日の出が6時半ごろの今は、朝起き上がるのも気合をいれなければならないが、一歩踏み出すと、リズムがつかめ、自然と体が動く。お陰で70KGあった体重も理想の66KGになり、心なしかお腹もへこんだ気がする。
年末年始は孫たちが2〜3日の合宿を挟んで入れ替わり遊びに来てくれるという。すっかり「お兄ちゃん」らしくなったものもいれば、ハイハイしながら必死でお兄ちゃんを追いかける者もいる。そんな光景を見ながら、老いの身のささやかな幸福感にひたることができそうだ。
来年、ともかくもコロナが収まってくれて、気兼ねなく旅行ができるようになることを祈るばかりである。「歓喜の歌」とともに、今、第九が終わろうとしている。皆さんどうぞ良いお歳を!
            (12月25日 記)
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