2006/5/17

No Way,No Place & My Home1 「Swallow」  ショートストーリー


ただ 帰りたくて 帰りたくて 帰ったのに
街では 何もなかったよに 風が吹いて一日がまた始まる
−鈴木祥子「Swallow」−

ドアを開けて中に入った。「こりゃひどい」思わず呟いた。
テーブルも椅子も調理場も埃だらけだ。5ヶ月も放置されてたから当然だ。

20年ぶりの我が家、故郷・・・。
親父と喧嘩して飛び出した自分が、まさかこの店を継ぐ事になるとは・・。

昨年、父が亡くなった。町一番人気のレストランだった。
父の死後、遺品から沢山のレシピが見つかった。
それを見つけた母が店を継いでほしいと言い出した。
ホントは断わる積りだったが、僕の東京の洋食屋は潰れる寸前だった。
駅前のグルメショップに客を奪われ、借金を抱え・・破産同然。
母と妻の熱心な薦めに従い店を売り借金を減らし父の店を継ぐ事にした。

まずは店の掃除だ。僕は溜息をつくと雑巾を手に掃除をはじめた。
幸い調理器具は痛んでいない。洗えば、すぐにも使えそうだ。
道具を大事にする頑固者の父らしい。
そう、父は頭の固い人だった。職人気質で、古くて、弟子や母や息子の
言う事に耳を貸すことなんか無い。
いつも一人で何でも決めてた。そんな父に反発し、僕はこの家を出た。

それから3日間、掃除した。調理場も客席もピカピカになった。
4日目は商店街を歩いてみた。客層、ライバル店、調査しないと。

僕がいたころと町の様相は変わっている。
昔は田舎の下町だったのに、今は「近郊の住宅街」って感じだ。
商店街は、昔ながらの魚屋、野菜ショップ、豆腐屋が残っている。
一方で洒落た創作料理屋や洋風レストランも沢山ある。
この中で特徴を出すには、かなり頑張らないと。



翌日も商店街を歩き、帰りに昔馴染みの喫茶店に寄ってみた。
マスターは昔と変わっていた。僕と同じくらいだ。もしかして同級生?
彼は僕に気付かなかったようだ。僕も特に声は掛けなかった。
昔は汚い店だったのに、今は小奇麗なカフェに変身してる。
コーヒーもそこそこイケル。昔はホントに不味かったのに。

窓の外の人の流れを見て「ここも変わったな」思わず口に出してた。
この町を出て20年・・いつも帰りたかった。帰りたくてたまらなかった。
でも、実際帰ってみたら、そこはもうとっくに別の町になっていた。
町も人も変わるのだ。
昔のままで変わらないでいてほしい・・・
なんてのは外に出た人間の勝手なセンチメンタリズムだ。

それから1ヶ月・・・開店の準備を進めた。
少しづつ商店街の連中とも顔見知りになった。
中には小中高が同じ連中もいたが、誰も僕を覚えていなかった。

店の名前は・・・悩んだが父親時代とは変えた。
これは最早父親の店じゃない・・・自分の店なのだ。

いよいよ明日が開店という日、東京にいる妻に電話した。
彼女は東京で保険のセールスレディをして娘を養ってる。
「開店して落着いたら、そっち行くね」と言っていた。
調理器具の手入れがチャンとしていたこと話すと、笑っていた。
「そういうお義父さんの頑固な処、あなた引継いでるよ」って言ってた。
そうかな?全然似ていないと思うけど。
そう思ったが、反論はしなかった。

店の内装もすっかり変えた。
ただし、父親の使っていた道具と・・レシピだけは残した。
これだけが唯一、父親と僕をつなぐモノだ。

町も人も変わった・・。
僕も変わった・・。
ここは僕にとっては新しい町だ。
ここに帰ってきたんじゃない。移住してきたんだ。

明日、「僕の店」がオープンする。
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