伊賀篤のブログ

(ペンネーム=勉強不足のJCP党員、便所の住人)開設:2004/8/20〜

 
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投稿者:伊賀篤
●OさんへA

@からの続きです…

> マルクス主義の文献も、今日的な位置から改めて、もっと積極的に評価され、かつ活かされて良い様に思います

それは(言うまでも無い事でしょうが)、あくまで【歴史を知る】という事が、現代の背景を探る事になるという、前向きで積極的な意義を持つ限りに限定されます。

案の定、私が示した【冷徹な歴史的事実】についてすら、歴史の中から切り離された「形而上学」だとの、弁証法論者の良く使う【レッテル】を反応として頂いたりしています。
(歴史的な事情を斟酌すれば今後も許容され得る【事実】だとでも言いたいのか?…私は苦笑せざるを得ませんでした)

> AM派の議論も、今日的な位置からはマルクス主義を現代における資本主義体制批判と将来社会を展望する為に活用する1つの定番になっていく

それに積極的とは言い難いのが(場合によっては無視さえするのが)、そのまま古典を評価して「解釈」を付け加えるだけの訓詁学と言って良いイデオロギー活動にのみ精を出す、古典的な「共産主義」を掲げる党であったり構成員であったりするのが、救い難い点であったりするのですが…(苦笑)

まぁ、そういった周囲からの偏見?に無頓着(無神経)であり同じ事を繰返して言うだけの「党」には未来が無いのは確かでも、全く新しい政治集団が、その理論的な支柱として「将来社会を展望する為に活用する1つの定番」にAM派等の議論を活用していく分には、それは大いに歓迎されるべき事であり、それに私は「反対」をしている訳では無い事だけは、誤解の無い様に願います。
投稿者:伊賀篤
●Oさんへ@

こんにちは。(長くなったので2回に分けます)

> すでに良く知られた話ばかり

いえ、Oさんには信じ難い事かもしれませんが、日本共産党内では、必ずしもそうではありません。

> 今の時期にあえてこのような記事を載せる事の積極的意味

歴史的に由緒ある「共産主義」を名乗っている人間の末裔(その中には日本共産党員も含みますが)が、党の組織原則として【民主集中制】などに拘る理由が、レーニンの美化にある限り、日本共産党を変革しようとする立場からは「意義」があります。
(確かに…党外の世間の人には「あまり」無いでしょうが)

> むしろネガティブな面もポジティブと評価できる面も含めてのより直栽的で包括的な再評価とそこから今後の課題としてくみ取るべき教訓は何かという点を明らかにする事こそ、今は求められているのではないでしょうか?

私はレーニンも(ほぼ全集を)読みましたが、評価すべき点として思いつくのは「帝国主義論」とか「国家と革命」とかで、あくまで20世紀初頭のロシアから見た世界情勢分析といった点に留まり、これも意義からすれば「古典」の域を超えません。
(失敗の歴史として反面教師的な意義は私も認めますが)

よく不破氏などは「レーニンと資本論」などの書物などで「ネップ=新経済政策」を高く評価していたりしますが、それとてレーニンにとっては一時的な後退として位置付けていた事などが(代々木系以外の)多くの書物で彼自身の発言などで紹介されていますし、あくまで中小規模の生産に限って市場を認め、基本的には国有化や協同組合化を基幹としていた「ネップ」は、そもそも情報の非対称性(依頼人・代理人問題)などへの解決の展望も、今日的な厚生経済学における「分配の公正」に関する哲学への回答も、あくまで効率性を損なわない範囲での経済設計の青写真としても、もはや「使えない」ものであるのは確かでしょう。

そういった事を、保守では無く、革新を自認する「共産主義者」自身の手で、キチンと【総括】せねば、古き夢(民主集中制を含)に拘泥する後ろ向きな党派性は、打破できないと考えます。

(続く)
投稿者:O
拝読させて戴きましたが、レーニンについての今回の記事内容自体は、すでに良く知られた話ばかりですから、今の時期にあえてこのような記事を載せる事の積極的意味はあまり感じられません。一般的にはすでにレーニンもロシア革命及びその後のソ連体制も負のイメージが確定していて、かつ負のイメージ一色だけが確立していて、もはや再検討する余地も無いという位置づけが、とりわけ若い世代には定着している感があります。その意味では、むしろネガティブな面もポジティブと評価できる面も含めてのより直栽的で包括的な再評価とそこから今後の課題としてくみ取るべき教訓は何かという点を明らかにする事こそ、今は求められているのではないでしょうか?

現在は、主要論壇でも保守層を含め、ごく当たり前に資本主義体制への批判的評価が言及される様な時代です。例えば、佐伯啓思(京都大)や中野剛志は保守系論壇の人たちという位置づけですが、彼らの資本主義への批判的評価は本質的です。彼らの議論のベースにはアダム・スミスやカール・ポランニーがある訳ですが、マルクス主義の文献も、今日的な位置から改めて、もっと積極的に評価され、かつ活かされて良い様に思います。伊賀さんご紹介のAM派の議論も、今日的な位置からはマルクス主義を現代における資本主義体制批判と将来社会を展望する為に活用する1つの定番になっていくのではないでしょうか?
投稿者:伊賀篤
●けんじ様。こんにちは。

ありがとうございます。メール拝読しました。
投稿者:けんじ
すばらしい記事です。
感想と、私の考えをメ-ルさせていただきました。
投稿者:伊賀篤
●TAMO2さん。こんにちは。

> レーニンが言っていた事実

それは知っていましたが、名簿がどうあれ、ボルシェビキが【3600万票の内の900万票】しか得られなかったのは事実ですし、歴史家の多くは、そのレーニンの発言を単に…普通、平等、直接、秘密投票では無い【ソヴェト】で獲得していた権力を、奪われたく無かったと解釈している様です。

> ロシアを、日本や西欧の価値観で裁断してはなりません。

仮にロシアの独自性を認めるにしても、そのロシアの独自性を普遍化し一般化して世界に広げようとしてコミンテルンを創ったのはレーニンです。
(その結果は御存知の通り)

またこの一事からでも、レーニンはロシアの独自性などを【口実】に独裁と反対派の殲滅(毒ガスまで使ったという記録があります)を行った訳では無いでしょう。

あくまで、今日では人類一般に普遍化される【べき】原理(人権)から見て、彼は断罪されるべきだというのが、今回の私の記事の趣旨です。
投稿者:TAMO2
憲法制定会議に至る選挙について、「選挙名簿が、旧時代の中で作られたので、これが改められるまで待つべきだ」とレーニンが言っていた事実を指摘しておきましょう。

ロシアを、日本や西欧の価値観で裁断してはなりません。
投稿者:伊賀篤
●一時しのぎ様。こんにちは。

> マルクスの狂気

確かにマルクス自身も、先に死んだ子供の棺桶代を、運動にカンパするなど、常識人としてはどうよ?…って部分があって、「資本論」を始めとした残した文章も粘着質なモノが多々ありますね。(苦笑)
資本主義に対する、並々ならぬ(狂気に近い)怒りを感じます。

後継者は、その中から、批判可能な冷静な「論理」では無く、無批判に「感情」のみを受け継いだのかもしれません。
投稿者:一時しのぎ
キンピーブログ2006年03月08日付けトピ(きょうの赤旗)スターリンの仰せの通りにいたしましょうにて、25番コメントからこちらへ伺いました。害虫駆除お疲れ様です。

そもそも、マルクスという一人の鬼才を淵源とする主義であるよりも、大衆・労働の中から生まれえた、イギリスの労働組合史やフェビアン協会に淵源を求めるべきではないかとも思いますが(リンク先参考)。どうもマルクスの狂気は、蛮族(満州族)に中原を追われた腹いせを主義と化した、朱熹の狂気による朱子学と同じ臭いがします。

http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000zp5n-att/2r9852000001116b.pdf
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