2005/3/12 1:24
「地獄への道は善意で敷きつめられている」
感想文とかエッセイ
この言葉を、今日は酒場で独り、考えていました。
以下の文は、単なる私の「タワ言」に過ぎませんので、読めば必ず「不愉快」になる事だけは、きっとウケアイでしょう。(苦笑)
(↓コレは一応の予防線ネ↓)
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今回の表題である、「地獄への道は善意で敷きつめられている」という言葉を、最初に言ったのが果たして誰であるのか?、本棚から原典を直接に探してみなければ、私には断言が出来ませんが、曖昧な記憶だと(恐らく)…20世紀の社会主義の活動家であった、レーニンか、ローザ・ルクセンブルグであったかと思います。
両者とも、その言葉の(本当の)意味やら、最後には己自身に対して問われて、降り掛かってくる事ついても、(別の意味で)私などより理解していた「個人」であったとは思いますが…(多分ね)
もしも、それを言ったのがレーニンであれば、(恐らく)クロンシュタットの反乱以降は、確信犯としてその「言葉」の報いを歴史の中で受ける事は覚悟したであろうし、ローザであれば、きっと殺される瞬間に「言葉」の示す冷厳な事実を見た…かもしれません…(あくまで私の勝手な推測)
そして間違い無く、もしその言葉を弄ぶとすれば、それは私自身の「傲慢さ」に向けられた言葉でもあります。
恐らく、別に真っ当な社会人であれば、全く必要が無いと思われる経験なんかのせいで、今の瞬間も大量の2度とは帰らぬ命を破壊し奪いまくっているという、「米国大統領」にすら彼の括弧付き「善意」なるものを、私は「想像」する事が出来る気がします。(単なる勘違い)
きっと、彼の主観において彼自身は、「敬虔」なクリスチャンであり、彼の信じる「自由」やら「正義」とやらに殉じたクルセイダー(昔モスリムの人達を殺害しまくった十字軍)にでも自分の姿を重ねつつ、きっと演説中に…
「俺って、罵倒や無理解なんか恐れない、ナンテいい奴」
…だとか感じて、それが彼にとっての偽悪なのか偽善なのかまでは私には理解できぬものの、いずれにせよ…涙に浸ってみえるので御座いましょう。
っていうか、率直に申せば、失礼ながら・・・そういう意味での「嘘」を意図的につけるとか、看破できる程には、彼の演説中の表情に知性が有ると、(私には)思われないのよ。
(これは単なる印象ですか?)
そして私も、こんな単なる「ルサンチマン」に過ぎない駄弁を、あたかも自分の「良心」やら「良識」の発揮であるかのごとく垂れ流しているという意味で、人間的には大差なく、自慰じみた頼りの「自虐」ですら、決して「地獄への道」からは逃れられぬモノに過ぎないのでしょう。
もちろん、こんな事は…私自身が(未だ?)本当の苦労を知らぬ以上、断言どころか、一知半解に知った様な口振りで語る事すら、他人から見れば笑い種に過ぎぬかもしれないとは云え…
少なくとも「事実」として、仕事にも家庭にも恵まれてて、主観ではどうであれ、(客観からは)全く苦労らしき苦労もなく、この年まで生き延びてますし…(大笑)
それに、「善意」などという単なる自分の「主観」を拠り所に、あまりの娑婆苦から、相手への哀れみに耐えられず、いっそ殺してあげたい程という、冷静に考えれば狂気と差異が見出せない「愛」なんぞにも縁が無いってのは、少なくとも自分にとっては何と幸いな事でしょう。(本心から)
やっぱり、どれほどに残酷で、のたうち回る事になっても…生きていて欲しいから…
余談ですが、(既に私自身も覚えてもいない)どこかの本からの援用で、中原中也(詩人)が言ったとか言わないとか…またもや更にボケが進んだのか、私の記憶も曖昧ですが、人間には「2種類」あるそうな…
地獄を見れるヤツと、地獄を見れないヤツ。
普段から、地獄だ何だと軽々しく話してるヤツは「後者」の可能性が高い…(含:私自身)
地獄を見れないヤツは、ハナっから大した事はないが、
問題なのは、地獄を見れるヤツ。
地獄を見たら、人間は、そこでオシマイだから。
よかったのかな?…オレ。

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