ぽぷら21:今日の句日記

 

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投稿者:かをり
晴生さん、厨さん、コメントありがとうございます。放哉にしても山頭火にしても、俳句といえば俳句、短詩といえば短詩。有季定型が俳句の絶対必要条件だという人には、俳句と短詩の境界線はくっきりとしているのでしょうが・・・俳句も詩の一形態ということなら、たしかに厨さんのおっしゃるように「境界」はないのでしょうね。
横光利一の「蟻臺上に餓えて月高し」は、全集の俳句の項にも詩の項にも載っています。この場合「蟻」は季語としての働きというより、横光自身の象徴でもあるのでしょうから、俳句というよりは究極の短詩という気がします。
投稿者:厨
小生が勤めた、会社の社内誌の選者が安西冬衛さんだった。お亡くなりになった後は、安水稔和さんに変わったが、しばらくお世話になりました。面白そうな調査ですな。いや、羨ましい。大阪文学学校で、当時小野十三郎さんが校長さんだったけれど、会社に内緒で1年間だけ通ったことがある。50歳前に、全部止めましたがね。詩は。
境界ねえ、私はないと思うけれど、いつか意見を聞かせて下さいな。のりをこえざる齢となれども、昔取った杵柄は百までなんでしょうか。気になる。
投稿者:晴生
尾崎放哉の「すばらしい乳房だ蚊がいる」
種田山頭火「あるけばかっこういそげばかっこう」などの自由律俳句も、それに近いですね。

http://nanihatomoare
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