2011/4/9

良識くん 現る  
昨日の夜の斎藤和義くんのUstreamのライブ、あまりにもカッコよかったのだが、
持ち歌である「きみが好きだったんだぜ」を、
あまりにもあからさまな反原発ソングに改変してしまった事に対して、
彼の一部のファンから批判の声が上がったそうな。

福田は、単純に、
「えー、そいつら、バッカじゃねーの?」
と思い、Twitterにそのまま、「そいつらって、バッカじゃねーの?」
と書きこみをしよとしたのだが、そこはさすがに53歳のオヤジ。
大人としてちょっと思いとどまり、以下のように書いてみた。

斎藤和義の替え歌に怒ってる人。きみたちは、ロックやらポップスに何を期待してるの?短刀直入に言おう。きみたちは救いがたい。ヘッドフォンしてクラシックでも聞きながら、黙ってニュース見てなさい。

敢えてすっげー「上から目線」で書くことで、
「バッカじゃねーの」と書きたい衝動を抑えたわけですなw

そしたら、当然のようにいくつか反応があった。
ほとんどは福田の意見に同意するものだったんだけど、
中に一つ、こういうのがありまして。

怒ってはないですが、全く賛同できなくて呆れてるクラスタです

おおー、反論キター!いいぞー!!
という感じで、仕事の合間を縫って「議論」が始まった。
Twitterでは、福田のフォロワーで、かつ、福田の議論の相手のフォロワーでないかぎり、
どういう「議論」になっていたかを見る事が出来ないので、ここに再現してみます。
福田の議論の相手は、とても「良識的な人」だったので、
ここでは「良識くん」と呼びます。

福田:賛同できないのはいいんですよ。それはそれで一つのポジションだから。でも、「怒る」ってのはね。少なくとも、ミュージシャンが自分の持ち歌捻じ曲げて歌うっていう痛みを理解してない。
で、それよりなにより。ロックやポップス「なんて」、発表された時点から改変される運命を先験的に持ってる。アンタッチャブルなもの、と考えているのだとしたらそれは大きな勘違いなんです。その自由さにおいて、ロックやポップスは、ロックでありポップスである使命を全うする。


良識くん:ただ「怒り」も理解できますよ。楽曲は公表した以上は「ファンのもの」でもありますから。人それぞれ解釈が違い思い入れのある曲を、ねじ曲げられたらファンだって辛い。まして本人ですからね。この一件でファンを辞める人がいたとしても、誰も責められない。

福田:もうずいぶん前になりますが、「王様」が直訳ロックを始めた頃、福田の周りでも随分怒ってる人間がいました。それは大抵、「マジメ」にロックをやってるミュージシャンでした。「あんなのは許せない」と彼らは言ってました。「あんなのはロックじゃない」と。
でもあれから約20年近くが経ち、「あんなのはロックじゃない」と言ってた人たちは殆どがロックを諦め普通の仕事についてしまった。でも「王様」は、きちんと奥さんと一男一女を養いつつ、ロックの伝道師のように全国を行脚し、いまだに直訳ロックを歌いつづけています。彼こそ本物の「ロッカー」。
まあ、要するに「精神論」を語っっちゃってるワケですがw、「オリジナル」なんてものに拘泥してちゃ、ロックも(ポップスも)、本質を見誤るよ、という事ね。ちなみに、「王様」の「直訳イマジン」は、オリジナルの「イマジン」より、我々日本人にとって、はるかに本質的ではるかに「泣けます」。
どうせ「怒る」のなら、現状、「ずっと好きだったんだぜ」より「ずっとクソだったんだぜ」の方が泣ける、というこの状況を招いたもの、に対して怒るべき。と言うわけで繰り返して書きます。今回の「替え歌」に対して、または持ち歌を替え歌にした斎藤和義に対して「怒ってる」人間は、救い難い。


福田:今回の一件で、斎藤和義くんのファンは間違いなく倍増したでしょう。福田もその「増えたファン」のひとりですwファンやめた、という人ももちろんいるでしょうけど、まあ、福田としては、そんなやつらはほっとけ、と。
もうひとつ重要な事は今回彼が「全部クソだったんだぜ」と歌ったって「君が好きだったんだぜ」というオリジナル楽曲は決してなくならない、という事。彼はあくまで、現状への怒りを「効果的に」歌っただけ。この程度の事を「捻じ曲げ」と感じる精神はあまりに脆弱。実に救い難い。


良識くん:音楽業界的には「終わった」と見られていた斉藤和義ですから、ファン倍増は願ってもないことでしょう。ただ、楽曲を改編したことではなく「安っぽいメッセージソングを歌った」ことに怒りを覚えた元ファンもいることは覚えていてほしい。

福田:「安っぽい」のもロックのうち、ですよwそういう表現が出る事自体、ロックやらポップスの本質を誤解してます。

良識くん:ロックやポップスの本質って何ですか?しょせん音楽、つまり「音を楽しむ」ことですよ。メッセージを乗せること事態が本質から外れていますよ。解釈は受け手が自由にすればいい。それを批判するのは本末転倒。

福田:音楽が「音を楽しむこと」以上に意味がない、と本気で思ってます?だとしたら、ほとんどすべての「歌」には意味がない事になります。ロックやポップスは特に。
でも。特定の意味を強烈に叩きつけるのがロック、と福田は解釈しています。なんせ、一番好きなのがRage Against The Machineなんだからしょうがないw福田の思う「本質」は、これです。あと福田は、「自由な解釈」を批判したりはしてませんよ。
むしろ「替え歌」は、自分の作ったメロディに対する、作者の自由な解釈の一つでしょ。何を以て本末転倒、なのか全然分からない。そんなに「音楽」だけ好きならインストばっかり聞いてりゃいいよね


良識くん:「安っぽい」では真意が伝わらなかったようなので訂正します。僕は、彼が「誤ったメッセージを垂れ流した」ことに怒りを覚えたんです。過激な言葉は使うまいと「安っぽい」と言いましたが、これが本意です。

福田:「誤ったメッセージ」とは?

註:このあと、なかなかレスがなかったので、同じ質問を繰り返してます。

福田:あなたが、「斎藤和義が替え歌を歌う事で垂れ流した」と考える、「誤ったメッセージ」とはなんですか?

福田:あなたが「斎藤和義が替え歌を歌う事で垂れ流した」と考える「誤ったメッセージ」、とはなんですか??


良識くん:簡単にいえば「安易に反原発の機運を醸成した」こと。今日も何度も書いてますが、ミュージシャンは電気がなきゃ成り立たない商売です。その彼が何の提案もなしにただ原発を批判するってのはおかしいと。きれいごとだけじゃダメなのはミュージシャンがいちばん知っているはず。

福田:電気を使ってるミュージシャンが原発に反対するのはおかしいっていう意見は、実は1980年代にもありました。確かに一理はある。でも電気=原発じゃないしねw怒りにまかせて歌うっていうのも「ロッカー」ですって。彼がいま「反原発」なのは誰にも止められないでしょw。
あとはね、とにかくあの歌聞いてスカっとした!っていう人は間違いなくたくさんいる。そういうきわめて単純なところにロックメッセージのよさがあるわけね。全然思慮深くないところね。だから、あなたが言う「安易に」っていうのが、まさしくロックの機能なんですよ。


良識くん:繰り返しますが、彼がそういうメッセージを出したことは、それはそれで構わない。だが、それに対する批判や非難は、彼のファンやいち音楽ファンとして当然の権利だと言いたいのです。
スカっとした人がいる反面、僕のように不愉快な思いをした人もたくさんいる。彼もそれは覚悟の上であの曲を出したんでしょう。ならばその思いをぶつけ批判、非難するのも、彼の覚悟に対する礼儀だと思います。


福田:いや別に構わないのよ、非難したって、ファンやめたって・・って、別に斎藤くんのファンの数俺が心配する筋合いはないんだけど。とにかく、誰も「批判する権利がない」なんて言ってないでしょ。ただ、福田の個人的な意見として、そういうタイプは「救いがたく脆弱」。それだけねw

とまあ、ここで「議論」は終わるのだが、いわゆる水掛け論だったかな。
ただ、世の中にはマジメな人間がいるんだなー、っていうのが正直な感想。
数年前のキンチョーのコマーシャルで、大滝秀治さんが言ってたセリフ
「つまらん!お前の話はつまらん!」をひたすら思い出してましたw
なんだかんだ言って、世の中をつまらなくしてるのはこういう人でしょう、と断言しときます。

そんなわけで、福田のTwitter上の締めはこんな感じ。

ああ、「良識ある人」と話すのはホント、疲れるw
そんな立派な人はロックなんか聞かなきゃいいのに。
前にも書いたけど福田は単純に反原発でも原発推進派でもない。
でも、電気使ってるミュージシャンに反原発って言う権利はないっていう類の意見には反対。それって「親の金で食わしてもらってんだから親に逆らうな」っていう理屈でしょw。
こんな「正論」にうなずいちゃったらロックなんて存在しない。


では仕事します(^-^)/

2013/5/23  4:05

2011/6/29  1:41

投稿者:母ちゃん
>こんな「正論」にうなずいちゃったらロックなんて存在しない。
  

つまりは正しい意見だってことはわかってるわけね
わかってて反抗してるだけ
そして都合の悪いことには目をつぶり
もっともらしい事いってるようで
矛盾を指摘されると「オレ ロッカーだから」

これじゃバカを通り越してただの
「卑怯者の居直り」だ
バカのほうがよっぽどまし

斉藤君の歌が
「今更何言ってんの?」的なのはその通りだが
人がどう思おうが勝手のはずで
あんたもそれでいいといいながら
結局は自分の感性に合わない人たちをバカにしてる。

第三者から見れば目くそ鼻くそ。

2011/6/29  0:46

投稿者:母ちゃん
自分と意見が違うからって子供じみた言い方
バカは間違いなくあんただ

2011/6/29  0:40

投稿者:母ちゃん
ていうかそもそもあの歌は「反原発」じゃないでしょ

2011/4/11  16:00

投稿者:同じ苗字デス
「良識くん」もりあサンも、本当に素晴らしいと思います。fukuda氏がおっしゃるように、ネット上で反論コメントを書くのは、勇気がいることで・・・。

みんな真剣に考えている。うわついて、自分中心なことばかりにしか関心のないヒトはヒジョーに問題アリだけど・・・ここにコメントする皆さん、そして今起こっていることに向き合って様々な場でコメントする人は、真剣に考えている。

私個人としては「全部嘘だった」を最初に映像で見て、聴きながら歌詞も目で辿っていく間の心境は「うわ、これはスゴい・・・」と、感動に近い、ズーンと胸にくるものがありました。
「ほうれんそう食いてえな」は、買い物していて青菜売り場を通りかかるとき、絶対リフレインして、切なくなります(「切ない」という言葉では的確に表現できないのですが)。

あと、「楽曲はファンのものであり、どう受け止めたかを反響として返すのは礼儀だ・・・」という議論のあたりで、「いやいやいやいや・・・」と思いました。
「礼儀」という言葉尻をとらえるのは良くないかも知れないけれど、「礼儀」ということで、非難・批判を正当化しているような印象を受け、ちょっとひっかかりました。

楽曲の発信も、それに対する様々な感想を持つのも、同等ではないのでしょうか?
私は、自分の心境としては本当は「アレンジは、作った人の自由なのでは?」のほうにウエイトが多いけれど、良識くんの、冷静で真剣な文章に敬意を表して、「同等」にさせてもらいました。

まだまだ書きたいことがありますが、取り急ぎ、これだけは!というコメントを投稿しに来ました(^_^)

2011/4/11  11:37

投稿者:まりまり
りあさん、はじめまして。


今回の事で、私は、『唄』と言う観点で考えました。

『唄』は、小唄や長唄など 色々なパターンがありますが、 小唄の中に「バレ唄」と呼ばれる物があります。
これは、風刺などの唄です。

そもそも、唄は、世相や情報を広める いわばニュースのような役割があったように思うのです。

そんな風に考えていくと…


では、この「ウソだった」と言う『唄』を、色々落ち着いてきた何ヶ月後に聞いて、どう思うでしょう?

「今更?」って思うんじゃないでしょうか?

新鮮とかフレッシュって言葉が適当だとは思いませんが、
やはり、この唄は、今しか無いのでは無いでしょうか?


斉藤和義氏は、心情を吐露し みんなに問いかけているのでは無いでしょうか?

「ウソだった」よ…これからどうしていこうか?と…

2011/4/11  8:22

投稿者:爆じゅん
投稿しようかかなり迷ったんですけど、やっぱなんかちょっとお伝えしたくなったので。

りあさん、はじめまして☆

「ずっとウソだった」は、
彼の今現在の気持ちを吐露っていうか吐き出しただけで、原発に関して「答え」を出したっていうのとはちょっと違うと思うんですよね・・・
被災した方々や作業されてる方の為の事も当然心底心配して、なんでこんなことになっちゃったのか、真剣に憤ってる。
決して、安全な場所にいて、個人的な怒りだけで好き勝手な事歌ってるとは違うと思うのです〜

ネット上でも時々言われてる、
素人が、明確なわかりもしない事を無責任に騒ぎ立てて、ってことかもしれないけど、
騒いでるっていわれる人は、
安全だったと思ってた原発って、いままでのまま「ヤバい」んぢゃないの?
っていう状態で、とにかく、無関心でいたらヤバよ〜、という気持ちの人が大半なような。

幸い私はつつがなく日常を送らせて頂いてるんですけど、
原発が全国に54基もあって(私の場合、浜岡原発に何かあると危ないです)、
今回のような天災やら、事故やらがいつ起こらないとも限らないっていう中、
絶対安全と言えない状況を目の当たりにして、これから「どうしたらいいか」っていうのは、
福島から遠いところに住んでても全然他人事じゃないし、答えを出すっていうか、議論する時期として全然早くないと思うです〜。
きっと、すぐには答えが出るものではないでしょうし・・・。

発言や行動の責任の重さは、一個人としてするものは、有名でも無名でも同じなんじゃないかしら。
彼(斉藤和義)さんが、原発に反対したから私も「反対」ってなる人は、
まあ、全然居ないとは言えないけど、そんな人は論外で、
オトナならたいていは、彼の意見は一人の人間の意見として受け止めて自分なりに考えるんじゃないかしら。
それよりも、もっと原発に関して関心を持って真剣に考えるようになる人の数が多いような気がします。

なーんて、分かってそうな事かいちゃったけど、
歌うたいには、唄うことが難しくなって欲しくないな、と思うデス☆

2011/4/11  0:28

投稿者:fukuda
(つづきです)
それから、これははっきり言いますが、「安全な位置からなにかいう事は間違い(暴力)」、という考え方は、それ自体大きな間違いです。

だとしたら、福島原発の避難指示エリア以外から何か意見表明する事は全て間違い(暴力)だということになります。
すなわち、殆ど全ての「報道」も、それに基づく「批判」も間違い(暴力)だということになる。
それは、ありえません。

また「有名な方」が明確に意見表明することを問題視する、という事も間違っていると思います。
そんな事を言い出したら、言論は封殺されますよ。

現場のかたがたが大変な努力をされていることは事実ですし、斎藤くんも充分承知でしょう。
それを認識した上で、彼はこの歌を歌っていると思いますし、むしろ、この歌は、好むと好まざるとにかかわらず、事故現場で「命を賭けざるをを得ない」状況に追い込まれた作業員のみなさんに、「突然降ってわいた不当な労働に対する正当な怒り」を喚起させる役割を担えるのではないでしょうか。要するに、この歌は、彼らの「敵」では全くない。

おっしゃるとおり、我々は「前にすすむ」必要があります。その為にも、怒りを発散する必要もあるのです。
彼の歌には、その役割を担うに十分な説得力があると思います。

あ、しつこく言いますが、福田はいわゆる「反原発」の人間では全くないですよ。
ただ、今回の「斎藤和義くんの行動」そのものは高く評価しますし、また、評価されるべき、と信じています。

2011/4/11  0:25

投稿者:fukuda
りあさん、はじめまして。
貴重なご意見をありがとう。
反対の意見をカキコするのはとても勇気がいる事だと思います。素晴らしいです。

残念ながら、福田は、斎藤くんの歌は、「時期がはやい」どころか、遅きに失したとすら思ってます。
というか、もっと極端に言うと、「きみ、気がつくの遅いよ」という感じですかねw。

彼の意見は「原発推進行政」そのものに向けられたもので、実に「まっとう」です。
従来までの「原発推進行政」のあり方が、あきらかに「間違い」だらけだったことは、最近ではあの保安院すら認め始めざるをえなくなってきてますよね。
いままで原発行政を推し進めてきた人間たちが、「意図的にウソをついてきた」のかどうか、はひとまずおいておいて、少なくとも「間違いだった」=「正しくなかった」=「ウソだった」という図式は、理論上成立します。ゆえに、彼は全く「間違った内容」を歌っていないし、今回の事故でこれだけボロボロといろんな問題が噴出してきた状況で初めてあの歌を歌ったのですから、「早すぎる」って事は全然ないと思いますよ。

2011/4/10  19:41

投稿者:りあ
初コメさせていただきます
斎藤さんがどんなに素晴らしい歌を歌おうと今歌うのは早いと思います
ミュージシャンだから良いとか大人として社会人として立場ある人間としてただの言い訳ではないでしょうか
批判してらっしゃる方々は歌へではなく時期についてです
まだ現地では原発作業されている方々いるし避難されてる方々がいるまだ真っ只中です
東京関東共に放射能になやまされている最中です
遠くの安全な場所で言いたいことを言うのはある意味暴力と変わりません
原発の問題に答えをだすのもまだ早いと思います

今はただお互い出来ることをみつけ前に進む気持ちを育てる時期です
有名な方が歌うならなおさら責任をもたなければいけないと私は思います

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